母がふと優しくなった瞬間

 そして、あんな母でも、今思い返せば、ふと優しい瞬間もあったのよね。

 具合が悪いとき、文句を言いながらも布団をかけ直してくれたり、弁当のおかずがいつもよりちょっと豪華だったり。節分の日にはちゃんと豆を撒いて、太巻きを切って出してくれたり。あれはきっと、あの人なりの「精いっぱいの優しさ」だったんだろうな、と今は思う。

 ただ当時の私は、そんな細かいところまで見えなかった。見えないくらい、心に余裕がなかった。

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©︎文藝春秋

 それでも努力はしたのよ。

 独身時代、一応母にも合鍵を渡したの。「たまに遊びに来てもいいから」って。

 そうしたら「いつが休み?」って母が聞いてきて、ちょうど仕事がすごく忙しかった時期の貴重な休みの日にうちに来た。朝の8時だったわ。なぜか、わざわざ朝ごはんを作ってくれた。

 だけど、私は若かったし休みもほとんどなくて疲れていたから、とにかく寝ていたかった。食事なんかいいからお昼過ぎまで寝ていたいくらいだったのに、「ごはんできたわよ」って。

 一緒にいたときはごはんなんて作ってくれなかったのに、どうして今さらいい母親ぶるのって、つい言い合いになって、「もう嫌だから鍵返して」と言ってしまってね……。

 それからもお金は送り続けた。父が60歳で亡くなった後も私、ずっと月に20万以上は送ってた。でも、父の死後に会ったのは1度だけ。

 母が死んだとき、森光子さんが、「小夜ちゃん、やっと長年のローンが終わったわね」って言ってくれた。

 そのときは本当に、そう思った。

次の記事に続く 「わかった、絶交だ!」橋田壽賀子と最初で最後の“大ゲンカ”…泉ピン子(78)が語る“ママ”の破天荒な素顔と、血より濃い“母娘の絆”

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