今や誰もが知るスターとなった星野源。音楽、演技、文筆……分野を絞らずに表現を続ける彼は、他に類を見ない唯一無二の存在である。しかし、その内面に「ドロドロした何か」が溜まっていたことを知らない人も多い。
ここでは『星野源論』(新潮社)より、「テレビっ子」ライターの戸部田誠氏が星野源の“源流”を探す第1部から一部を抜粋して紹介。学生時代の表現との出会いから、ブレイク前夜の躍進までをお届けする。(全3回の2回目/最初から読む)
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自分のドロドロした内面を表現しようとした
父親がアマチュアのジャズ・ピアニストで、母もジャズ・ヴォーカリストを目指していた。一日中、アナログレコードの曲が流れているような家庭で育った星野源が、音楽を始めるのは自然なことだった。小学生の頃にはドラム教室に通ったが、一向にドラムを叩かせてもらえず、程なく辞めてしまう。が、中学に入ると、周りの友人たちがバンドや楽器を始めたのに影響され、星野も父のフォークギターと母のクラシックギターを譲り受け、ギターの練習を始めた。
同じ頃、同級生から「演劇やらない?」と声をかけられた。
内向的だった自分がなぜその誘いを受けたのかはわからないという。出演といっても声のみで、「おい〇〇、早く掃除しろ!」と一言叫ぶだけ。それでも、吐くほど緊張した。
「でも終わってみると内気な自分が溜めていたドロドロとした何かがスッキリなくなっていて、自分が生きてゆくためにはこういったことが必要なのかと、ふと思った」(『働く男』)
音楽でも、自分のドロドロした内面を表現しようとした。初めてオリジナルの曲をつくったのは14歳頃。「最初の歌詞は確か『人の関係』っていう歌だったと思うんですけど『人の関係がわからない』って感じで『わからない』っていっぱい書いてあった」(NHK『佐野元春のザ・ソングライターズ』2012年11月2日)
中学3年生の頃には、先輩に誘われ、学校の中だけでNODA・MAPの「キル」を上演。星野は「結髪」という重要な役(本家では、渡辺いっけい、古田新太、勝村政信が演じている)を演じた。
