2026年春、10年続いた人気番組『星野源のオールナイトニッポン』が幕を下ろした。今や名実ともにラジオ界のスターとなった星野源だが、その原点には、少年時代の孤独を救ってくれた深夜ラジオの存在があったという。
ここでは『星野源論』(新潮社)より、「テレビっ子」ライターの戸部田誠氏が星野源の“源流”を探す第1部から一部を抜粋して紹介。星野源とラジオの切っても切れない深い関係を伝えるエピソードの数々をお届けする。(全3回の3回目/最初から読む)
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やりきった10年
「2016年3月28日から始まった『星野源のオールナイトニッポン』。来月3月31日の放送で、最終回を迎えます」
底抜けに明るい「ねぶり棒」ジングルが鳴り響く中、衝撃的な発表が2026年2月17日放送の同番組でされた。『おげんさんといっしょ』同様、自らが決断して番組をちゃんと終わらせたのだ。
3月8日には、配信イベント『星野源のオールナイトニッポン in 日本武道館』が開催された。これは番組終了とは無関係に企画されたもので、日本武道館という特別な大会場の中で、あえて「普通のラジオ」にこだわっておこなわれた。開場すると、ステージ隅に特設された“会議室”で星野源はメールを選んでいる。いつも通り時報が鳴り“番組”がスタートする時には、ラジオブースたるステージに既に座っていた。の“ゲスト”は実際に登場するわけではなく、メールやコーナーへの投稿という形で、リスナーのそれとフラットに並べて紹介される。そうして“特別ないつも通り”を実現させたのだ。その中で星野はこの番組を「わからないままでもいい場所」と表現した。
最終回も「いつも通り」の放送を貫き、いつものように〈わからないまま わかりあった〉と歌う「Friend Ship」が流れる中、「星野源でした。さようなら」と締めくくった。
