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親友だけが「対等」に扱ってくれた
長年の親友である大楠君です。それは慰めではなく、私の心臓を貫く冷たく鋭い一言でした。
「詐欺かどうかは、どうでもいい。大事なのは、いつ返すかだ」
彼の言葉は、自分をかわいそうに思う私の甘い気持ちを、バッサリと切り捨てるものでした。しかし、不思議なことに、彼を恨む気持ちにはなりませんでした。
あまりにも的確に、私のいちばん痛い部分を突いたからです。彼は私を「被害者」としてではなく、「間違いを犯した一人の友人」として、対等に扱ってくれました。
その瞬間、私はハッとしました。彼の言葉は、私に現実をちゃんと見なさいと励ましてくれる、何よりの「友情」なのだと気づいたのです。
私は、二つの道のどちらかを選ぶ分かれ道に立っていました。一つは、同情という心地よい場所に居続けて、「かわいそうな被害者」のままでいる道。もう一つは、親友から言葉の鏡を突きつけられ、身を切るような痛みの中で、本当の自分と向き合う道です。
彼が突きつけた鏡に映っていたのは、詐欺師に騙されたかわいそうな老人ではありません。自分の弱さや見栄から目をそらし、周りの人の忠告も聞かず、根拠のない希望にすがって失敗した、愚かで情けない自分自身の姿でした。