「私、この世界にどっぷり浸かりたいです」
すでにこのときまでに彼女は個人で映画やドラマにあいついで出演していた。AKB卒業の前月に公開された映画『苦役列車』ではヒロインを演じ、さらなる新境地を拓こうとしていた。撮影自体は卒業発表前に終えていたが、彼女のなかではすでに決意が固まっており、その打ち上げで「私、この世界にどっぷり浸かりたいです」と宣言していた。
《羨ましかったんです、映画だけで生きている人たちが。こんなにも作品と向き合えて、こんなにも熱くて。AKBをやりながらでは、その熱量に絶対にかなわないなって》と、当時の心境をのちに著書に記している(前掲、『明け方の空』)。
そもそも前田敦子が初めて映画に出演したのは、AKBでデビューして3年目の2007年に公開された市川準監督の『あしたの私のつくり方』である。ただ、俳優志望だった彼女には大きなチャンスだったが、オファーを受けたときは「怖い」と思ってしまったという。この時点でまだ中学3年生で、未熟な自分がスクリーンを通してどんなふうに見られるのかと考えると不安だったらしい。撮影に入ってからも、市川監督は熱心に指導してくれたにもかかわらず、初めてAKBの仲間から離れての仕事とあって心細さから、毎日泣いていたという。
「姫」と呼ばれていた世間知らずの時代
そうした苦い経験を味わいながらも、その後、映画やドラマに出演する機会が増えていった。2010年放送のドラマ『Q10(キュート)』(日本テレビ系)ではヒロインのアンドロイドを演じ、演技の楽しさに目覚めた。このとき共演した同年代の高畑充希、柄本時生、池松壮亮と親しくなり、その後も「ブス会」と称して4人で定期的に集まっては他愛もない話を交わす関係を続けることになる。
AKB以外で同年代の友達ができたことで、自分の生き方がちょっと世間からズレていることにも気づけた。たとえば、AKB時代の彼女は、いつもタクシーチケットをもらえたので、移動にはタクシーを使うのが当たり前だと思っていたが、ブス会のメンバーにそれを言ったらドン引きされたという。

