――吹奏楽って、何というか体育会系の雰囲気がありますよね。

上原 中学校の吹奏楽は、私がいた茨城県でいうと県西地区大会、県大会、東関東大会、全国大会という4つのステップがありました。吹奏楽部なら、「普門館」(※現在は耐震強度不足から解体)で行われる全国大会を目指すのが当たり前。高校野球でいうところの「甲子園」のような存在なので、おのずと厳しくなる(笑)。だけど、それ以上にあこがれていたフルートを演奏できることが本当に楽しかった。

©︎細田忠/文藝春秋

 みんなより半年以上出遅れていることもあって必死に練習して指使いを覚えて。今も、ベンチプレスの練習で体をいじめ抜いていますけど、ある意味、フルートを猛練習していたときにできあがったクセかもしれない。猛練習の末、県のソロコンテストで1位を取ることができたので、やって良かったなと。

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猛練習の末、特待制度で吹奏楽の名門校へ

――その影響で、吹奏楽部の名門校でもある常総学院の推薦を勝ち取るんですよね?

上原 ありがたいことに、特待制度で入学することができました。入学する際にオーディションを受けたのですが、ここでも1位を取ることができ、入学金も学費も免除になって。そのことを母に伝えると、「だったら行っていいよ」って。

――大喜びかと思いきや、やっぱり厳しい(笑)。ちなみに常総学院は全国高校野球選手権(甲子園)の常連校でもあったと思います。当然、吹奏楽部もアルプススタンドで演奏すると思うのですが、上原さんも?

上原 いえ、私は演奏しなかったです。というのも、常総学院の吹奏楽部は人数がとても多くて、当時70~80人いました。夏になると、全日本吹奏楽コンクール(全国大会)の予選が始まるため、その前に部活内でオーディションが行われる。選ばれるのは50人までなので、選ばれなかった30名の部員が野球の応援グループとして演奏することになるんですよ。

 みんなコンクールに出たくて吹奏楽部に入部しているので、甲子園で演奏することに複雑な心境を抱いている人も少なくない。仲の良かった先輩は、3年間一度もコンクールのチームに入れずに、夏はずっと野球の応援をしていて……。