暴走をやめない飯塚の車

 飯塚はこのときの轟音を「高速道路のインターチェンジで、本線に合流する際に急加速したときの音」にたとえている。目撃者らの証言を総合すると、この轟音はエンジン音と、タイヤがアスファルトを切りつける音が合わさったものだったとみられる。

 飯塚は車を何とか制御しようと、もがいた。だが、車は暴走をやめない。気づいたときには時速八四キロメートルで赤信号の横断歩道に突っ込もうとしていた。この交差点は、「第一現場」と呼ばれている。左側の歩道には七人ほどの歩行者と自転車一台が信号待ちをしていた。

 信号が青に変わり、複数の歩行者が少しだけ動くが、縁石との接触音に気づいて足を止める。

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 日傘を差した女性は、気づくのが遅れ、横断歩道に一歩踏み出したが、「あっ」という表情をみせ、すぐ足を戻し、間一髪難を逃れた。

 ハンチング帽を被り、自転車に乗っていた石川憲一(仮名、七八歳)は、自宅から仕事先に行く途中だった。一、二メートル程度漕ぎ出してからやっと異変に気づき足を地面につけて車の方向を一瞥する。しかし、手遅れだった。この間、わずか一秒。

 飯塚の妻が「あぶないっ」と叫び、飯塚も「あっ!」と声を漏らす。夫妻の声と同時に、「バン!」という鈍い衝撃音が響く。車のナンバーやバンパーが、石川の自転車の後輪とチェーンホイールに思い切り接触したのだ。飯塚は一瞬の出来事を理解できていなかった。指定速度で走行し、自転車が自車と同じ方向へ走っていると思い込んでいた。また、咄嗟にハンドルを右に切り、自転車を避けられたと勘違いしていた。飯塚の認識は眼前の現実とは真逆だったのだ。

 その後も、左車線を走っていたが、右車線を通っていると誤認していた。

 石川は数メートル上まで撥ね上げられ、地面にうつ伏せの状態で叩きつけられた。