一家に突如として襲いかかった悪夢。母親は暴行の末に命を奪われ、逃げることも許されなかった幼い子ども2人は、崖下へと投げ落とされた——。過酷な「極貧生活」の中で育った男を突き動かしたものは、抑えきれない歪んだ欲望と執着だったのか。

 戦後の混乱期の日本を震撼させた「日本最悪の殺人鬼」の正体に迫る。鉄人社の文庫新刊『戦後まもない日本で起きた30の怖い事件』より一部を抜粋・再編集してお届けする。(全2回の1回目/続きを読む

写真はイメージ ©getty

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合計8人を殺害した凶悪犯

 1951年(昭和26年)10月、千葉県安房郡小湊町(現:鴨川市)にある断崖、通称「おせんころがし」で母親が強姦され、子供2人とともに殺害された。

 犯人の栗田源蔵は他にも5人、計8人を殺めた凶悪犯で、一審の裁判だけで2回の死刑判決を受けている。

 栗田は1926年(大正15年)、秋田県雄勝郡新成村(現:羽後町)に12人兄弟の三男として生まれた。川漁師だった父親は病弱で寝たきりとなったため代わりに母親が家計を支える絵に描いたような「貧乏人の子だくさん」で、栗田は教育を受けるどころか、ろくに面倒もみてもらえないまま成長する。極貧家庭にもかかわらず、栗田家に12人も子供がいたのは、当時の「産めよ増やせよ」の国策が日本中に浸透していたからだ。