「男の子として学校に行きたい」
「最初の2校に電話したら、学年主任の先生が電話に出て、身体が女子、心が男子、そういう生徒は受け入れていませんと言われたの。それで私ちょっとめげて、その日は3校目に電話しなかった。翌日気を取り直して最後の学校に電話したら副校長が出て、どんな子でも受け入れますって。それが光の受かった学校」
「そうなんだ」
光はもともと、3校を見学に行ったとき、まさに合格した学校を一番気に入っていた。校門から校舎に続く銀杏並木がきれいで魅力を感じたらしい。光が行きたい学校だけに光は合格し、その学校だけがどんな子でも受け入れると言っている。これは何かそういう流れを運命が用意したのかもしれない。
私は、光に尋ねた。
「光。スカートはムリ?」
こくりとうなずく。
「詰襟の学ランがいい?」
また、こくり。
「ジャージで学校に通うというのは?」
光は首を振って、小声で言う。
「男の子として学校に行きたい」
「……分かった。いろいろ調べるからちょっと時間をくれる?」
最善なのは「自認する性で生きていくこと」
私は二つのことをすぐにやった。一つはAmazonで『性同一性障害って何? 増補改訂版』(緑風出版)という本を買い求めたことだ。もう一つはやはりネットである。性同一性障害は治療の対象なのか、そうでないのか私には知識がなかった。
いくつかの大学病院精神科のホームページを検索して、すぐに答えは分かった。だいぶ昔にはカウンセリングで心身の性を一致させるような試みもなされたようだが、それらはすべて無効だったという。つまり精神医学的には治療の対象ではない。自認する性で生きていくことが本人にとって最善ということが分かった。
それはそうかもしれない。私が大学病院小児外科に勤務していたとき、総排泄腔外反という非常に複雑な先天性疾患の子を治療したことがあった。詳しくは説明しないが、生まれつき、直腸・肛門や生殖器がきちんと形成されていない疾患だ。この疾患の赤ちゃんは染色体が男児であっても、男性としての外性器を欠く。そこで、腹腔内にある精巣を摘出して女児として育てることが当時は標準だった。ところが、幼稚園児くらいまでに育っていくと、その子は男の子の振る舞いを始める。