“娘”として育てていた我が子・光さん(仮名)から、中学入学前に突然「男の子として学校に行きたい」と打ち明けられた小児外科医の松永正訓さん。

 光さんは成長を重ね知識をつけていく中で「自分は女の子でも男の子でもない」という性自認を見つけ、松永さんは父として我が子と慎重に向き合い続けた。そして光さんが17歳のとき、「乳房切除」という大きな決断をする。

 ここでは、松永さんとお子さんが家族で性別違和と向き合った日々を綴り合った『性別違和に生まれて 父と子で綴った23年』(中央公論新社)より一部を抜粋。「胸を取りたい」と願った我が子に対する松永さんの動揺、そして乳房の切除を完了させるまでの日々についてお届けする。(全3回の3回目/最初から読む)

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写真はイメージ ©AFLO

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「胸を取りたい」

 2020年の夏。光は17歳(高校3年相当)だった。予兆も何もなく、それは突然のことだった。夕食が終わって書斎で書き物をしていると、妻と光がやってきた。

「今、いい? ちょっと相談があるの」

 そう言って妻が部屋の中に入ってきた。

「どうした? 別に大丈夫だよ」

「光ね、胸を取りたいの。この子、胸がイヤでしかたないのよ」

 私は言葉に詰まった。光は高校を退学して、学ランはもう着ていない。ずっと家にいて受験勉強の日々だ。「T」ではなく、「Q」だと宣言されて、私はここしばらく光の性自認に関して意識を向けていなかった。「ボク」という言葉も減ってきて、「ワタシ」という一人称が増えていたし、毎日普通の私服を着ている光は、小学校時代のようにボーイッシュな女の子に戻っているように感じていた。だから、胸を取りたいという言葉にショックを受けた。

「光、イヤなんだ?」

 妻の背後に隠れるようにしている光はうなずいた。そして、小さな声で言う。

「お風呂に入るとき、脱衣所の鏡で自分の姿が見える。悲しくて泣きそうになる」

「……」

 そう言われると、何も返せない。でも、自分の子に悲しい思いをしてほしくない。それだけははっきりしている。

「分かった。どこの病院でも取れるわけではないから、父さん、いろいろ調べてみるよ」

「……ありがとう」と光は呟いた。