医学的には胎生期に男性ホルモン(アンドロゲン)の血中濃度が上昇し、脳が男になるからだと、その後の研究で分かってきた。この現象をアンドロゲンシャワーという。性同一性障害の成因は不明だというが、これと似たようなことが胎生期に起こっているのかもしれない。

 となると、光に対してやってやることは、児童精神科を受診させることではない。受診させても何も解決しないだろう。この子の人生を男として生きやすくしてやることが最重要だ。

「おちんちん、あった方がいい?」「あった方がいい」

『性同一性障害って何? 増補改訂版』を精読してみる。そこには性別適合手術のことや、戸籍の性別変更の話もけっこう詳しく書かれていて、さすがにそれらをすぐには受け入れる気持ちにはなれなかった。だが、そんなことは言っていられない。苦しいのは本人だ。私は、光を自室に呼んだ。

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「光は、自分が男だと思っているの?」

「思ってる」

「自分の身体がイヤ?」

「うん。イヤ」

「女だからって、いじめられたり、嫌がらせを受けたりしたことはある?」

 これは性同一性障害の診断をつける上で大切な質問だ。

「そんなことはない。みんなよくしてくれる」

「……じゃあ、おちんちん、あった方がいい?」

「あった方がいい」

「分かった」

 中学校入学まであまり時間がない。まずは診断書だ。私は先輩の開業小児科医にメールを書き、詳しく事情を説明した。その先生は私より10歳年上で、広い分野に知識が豊富で知恵のかたまりのような人だった。返事は数時間後に届いた。

 メールには、光は性同一性障害で間違いないと思われること、今は性同一性障害という言葉は使わず性別違和という呼称が使われていること、学校に可能な限り配慮してもらった方がいいことが書かれていた。また、受診してくれれば診断書も書いてくれるという。

 診断書というものは重みがある。これで光の性別違和が確定することになる。小学3年のとき、月経前に精神状態が不安定になったのは性別違和が原因だったのだろう。

「トランスジェンダー」と「性別違和感」

 ここで、トランスジェンダーという言葉についても触れておく。現在では性別違和の人をトランスジェンダーと表現すると思う。ただし念のために言っておくと、性別違和は医学用語で、トランスジェンダーは社会的・文化的用語であって医学用語ではない。しかしながら、性別違和とトランスジェンダーはほぼ同じ概念である。

 だが、この頃(2015年当時)、性別違和とトランスジェンダーは区別されていた。トランスとは超えるという意味である。反対側の性へ超えていった人、それによって満足やプライドを得ている人をトランスジェンダーと呼んでいた。そういう意味では、光は性別違和で苦しんでいたので、この当時でいうトランスジェンダーではない。

 なお、この頃はまだLGBT(Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender)という言葉は一般的ではなかったし、私も聞いたことがなかった。2015年に東京都渋谷区で「同性パートナーシップ条例」が作られてからしばらくすると、LGBTという名称が新聞などで少しずつ使われるようになる。つまり、光が中学校生活をするようになってから、私はLGBTという名称を知るようになった。LGBTQ(Queer/Questioning)という呼称はさらにそのあとに生まれてくる。