もはや疑う余地はない…新聞で知った「敗戦」の動かぬ現実
その晩はおれは夕食にも手をつけなかった。まるで食欲がなかった。むろん釣床に入ってからも、神経ばかり昂ぶって眠れなかった。輾転と寝返りをうちながら、おれは艦長の通達を反芻し、そのたびに窮屈な釣床の中で汗まみれの体をもみたてた。
屈辱と惨めな怒りがするどくせめぎあい、胸のなかを荒れまわった。それでいて心のどこかで艦長の通達をかたくなに信じまいとしていた。そのまままっすぐ信じてしまうのが恐ろしかったのだ。
……日本がそんなにやすやすと敵に降伏するわけがない。あれはひょっとすると、デマか、何かの間違いだったかもしれない。明日になればあっさり取り消されるのではないか……荒天の命綱にでも縋りつくような気持ちでそんな妄想にとりつかれたりした。
だが、それも翌日鎮守府の公用便に出た同年兵の松山が持ちかえった新聞を見て、たちまち吹っとんでしまったのだ。そこには、「戦争終局へ聖断、大詔渙発す」という大見出しの下に、天皇陛下の降伏詔書が枠でかこんで載せてあり、そしてそのすぐ横には降伏に関する「内閣告諭」までちゃんと刷りこんであった。もはや疑う余地はない、艦長の話はやはり本当だったのである。これですべてが遠のき、すべてが零になった……。おれは新聞を握りしめたままへたへたと繫柱のわきにしゃがみこんでしまったが、あのときの眼もくらむような衝撃はいまも忘れられない。
戦争は必ず勝つものだと決め込んでいた
おれはこの戦争が敗けるとは思っていなかった。戦争は必ず勝つものだとあたまから決めこんでいた。むろん、あるいはひょっとして敗けるかもしれないという不安がなかったわけではない。開戦以来、おれはずっと前線にいて、何度か海戦にも出ていたので、日本が次第に不利な守勢にまわって敵に押され通しに押されていることはよく知っていたし、敗け戦さも実際に幾度か経験していた。大きいところではミッドウェーと昨年秋のレイテ沖海戦、とりわけレイテ沖では、連合艦隊はその艦艇の大半を失って惨敗した。おれが乗り組んでいた戦艦の武蔵が撃沈されたのもこの時である。
そしてそれから半年後に僚艦の大和も菊水作戦で沖縄沖で撃沈された。武蔵、大和が健在でいるかぎり日本は安泰だ。両艦が沈められたらその時は日本もおしまいだ。おれは武蔵のデッキでよくそんな話を聞かされたが、それから二年足らずのうちにこの虎の子の二隻が消え、連合艦隊が事実上壊滅状態になってからも、それが直ちに日本の敗北につながるとは思っていなかった。


