「冷やし中華」で稼いだ最高月収は「900万円」!

――ということは「冷やし中華はじめました」は、ほぼ最初の歌ネタだったと。

AMEMIYA そうなんです。ビックリしましたよ、こんなことになるんだって。実は、お笑いに戻る前に元相方の西条に連絡して謝りに行ったんです。「お笑いに戻らせてもらおうと思ってる」「あの時は本当に悪かった」って。

 西条は当時SMAでも作家をやっていて、僕のネタ見せに何度かいたこともありました。「東京ウォーカーに載りました」というもう1つの代表ネタを見せた時に「いいじゃん。でも後半もうちょっと何かできない?」ってアドバイスしてくれました。

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「ノンストップバス」時代は、期待の若手として注目されていた(写真提供=本人)

――お笑いがわからなくて芸人をやめたAMEMIYAさんのネタに、お笑いを続けたかった元相方さんがアドバイスする……(涙)。

AMEMIYA その時、よせばいいのに「もう1回コンビ組まない?」って俺、言っちゃって。でも「俺はもういいよ」ってちゃんと断られました。当然ですよね。

 その年の9月、『あらびき団』の収録に呼ばれて、そこから跳ねました。ノンストップバスをあのままやっていたら「冷やし中華」は生まれてなかったなと思ったりもします。今は相方も演出家・脚本家として活躍しているし、これでよかったのかなと。

――「冷やし中華」で生活は180度変わりましたか?

AMEMIYA 変わりましたね。ただ、よくいう「テレビ番組を1周」はしてないんですよ。僕はしゃべれなかったから、トークネタがないんです。ただ『HEY!HEY!HEY!』の準レギュラーになれて、「アーティストに捧げる歌」が功を奏して。

 平井堅さんから始まって、コブクロさんをやって、これが好評だとなって、隔週から毎週に。当時はいつも『HEY!HEY!HEY!』にスケジュールを取られてました。でも正直言うと、今のほうが忙しいかな、体感では。もちろん子育てがあるからというのもそうですけど。

©志水隆/文藝春秋

――ちなみに最高月収ってどれぐらいでしたか?

AMEMIYA 最高月収900万です。営業で500万ぐらいで、「冷やし中華」の印税がドカンといきなり入って400万。それがたぶん2011年です。

 2012年までは『HEY!HEY!HEY!』のレギュラーで、営業ももちろんあって単価も高かった。『HEY!HEY!HEY!』が終わっちゃって、しゃべれないからテレビには呼ばれず、でもまだブレイクの余波があるので営業があった。2014年に、いよいよなくなるんですよ。一発屋という感じの変な仕事ばっかりになって。