実名報道の根拠

 警視庁は通報内容などから飯塚の車が暴走していたことを断定し、報道機関に最新の情報を伝えた。TBSは午後一時半のニュースで、後輩の記者が緊迫した現場から事故の状況を中継し、乗用車が多重事故を起こしたと報じた。

 午後四時、正式な広報文が配布され、松永真菜さんと娘の莉子ちゃんが死亡したことが判明した。三〇分後に、八人が重傷を負ったことなど詳しい事実関係を交通捜査課長が会見で発表(この時点では、二人の軽傷者が含まれていなかった)。事故の重大性から警視総監まで報告が上がった。

 私は現場への指示や本社との連絡で忙殺され、記憶がほとんど残っていない。深夜、記者クラブのソファで横になったことだけは覚えている。

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 飯塚は逮捕されなかったため、通常であれば匿名での報道となるが、一部のメディアは事故当日から「飯塚幸三」という実名で報じた。

新刊『池袋高齢者暴走事故 遺族と加害者家族の2060日』(文藝春秋)

 飯塚には「旧通産省工業技術院(工技院)の元院長」という肩書きがついた。メディアは、加害者が逮捕されていなくとも公人であれば実名で報じることがある。

 工技院が産業技術総合研究所(産総研)の前身であり、旧通商産業省(現経済産業省)における技術官僚のトップだったことが、その根拠となった。まさにこの肩書きこそが、池袋暴走事故に対する社会の関心を高めるきっかけとなった。

 事件や事故の捜査では、捜査本部をどの警察署に置くかを最初に決める。判断基準は、事案の発生地点が、どの警察署の管轄区域(所轄)に含まれるかによる。

 事故が発生した「東池袋四丁目」は、番地ごとに細かく「池袋警察署」「巣鴨警察署」「目白警察署」の三つの所轄に分かれ、現場周辺は三署の境界線が交わっていたが、第一、第二現場ともに目白署の所轄だった。

 通常の事故であれば、目白署員だけで捜査に当たるが、大規模な事故であることから、本庁の「交通捜査課」が捜査を主導することになった。捜査本部は常時約四〇人の捜査員が従事する交通事故としては異例の陣容となった。