「自分で自分をほめたいと思います」の裏で…

 あれから30年が経った。有森裕子は昨年(2025年)6月より日本陸上競技連盟の会長を務める。女性では初というだけでなく、五輪出場経験者(オリンピアン)がこの職に就いたのも彼女が最初だ。今年12月には還暦を迎える。

2025年6月より日本陸上連盟の会長を務める(本人インスタグラムより)

 アトランタ五輪での有森の「自分で自分をほめたい」は名言として広まって、人々の口にのぼるようになり、1996年暮れには新語・流行語大賞の年間大賞にも選ばれた。

 ただ、本当は「自分をほめたい」と言ったのに「自分をほめてあげたい」と誤って引用されることも多く、自分に対してそのような言い方はおかしいと有森が非難されたりもした。発言した本人からすると、前後の文脈を無視してこの部分だけが切り取られて流行語になることにも複雑な思いがあったという。

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《前段にそれまでの気持ちを振り返っている部分があって。だから、私にとっては、あの一言だけの意味がどうということはありませんし、誰に向けたものでもありません。自分自身に向けた言葉でした》というのが有森の本意であり、そこには、《他人の評価よりも、自分自身が自分のやっていることをどう思えているのかということが、一番大事》という信条が表れていた(『こころの科学』2017年11月号)。

心を揺り動かされたフォークシンガーの言葉

 そもそも「自分で自分をほめたい」とは有森のオリジナルではなく、フォークシンガーで市民ランナーとしても活躍した高石ともやの言葉が元になっている。そのことも彼女はこれまでことあるごとに語ってきた。

 高石が2024年に82歳で亡くなったとき、有森はウェブでの連載エッセイ(「日経Gooday」2024年10月17日配信)で、彼の言葉に心を揺り動かされた経験についてつづっている。それは有森が高校2年のとき、京都で開催された全国都道府県対抗女子駅伝競走大会の開会式でのことだった。

 彼女は岡山県の名門・就実(しゅうじつ)高校の陸上部に所属し、そのなかでも長距離を走る生徒は少なかったので、駅伝のメンバーに選ばれはするものの、いつも最後の最後で補欠に回されていた。大会の行われる冬場には毎年、貧血がひどくなるためだった。