料理が嫌いになって、わかったこと
――最初から、料理研究家を目指していたわけではなかったんですね。
長谷川 そうなんです。とりあえず自分が勉強を頑張れそうと思ったのが料理関係だっただけ。ただ、大学に行って、本当によかったと思います。いろんな物事を、いろんな視点で考えられるようになりました。
大学生でありながら、家事をメインで担ってもいたので、朝9時に大学行って、夕方6時に帰ってきて、ご飯作って、掃除して、課題やって寝て、また9時に大学行って……という生活が月曜から土曜まで続く。特段子育てをしているわけでも、仕事をしているわけでもない。それなのにこの大変さって、結構無理じゃない? って思って……。
――家事も全部頑張ろうと思っていたんですね。
長谷川 夫がやってくれようとしても、私自身がどこか、お金を稼いできているわけではないからせめて家事くらいは……という後ろめたさがあったんですよね。だから分担しようと言われても私の方から「いや、自分がやる」というスタンスでした。そうすると、「料理楽しい♪」なんて、いかに浅はかだったかと。もうやってらんねえ、無理無理! って、一回、料理が本気で嫌いになりました。この経験は、大きかったかなと思いますね。
――料理が嫌いになった経験があるからこそ、今に連なるものは何ですか。
長谷川 私が好きだった料理は「趣味の料理」であって、「生活の料理」は全然好きじゃございませんって思った瞬間に、料理を手放せちゃったんですよね。お惣菜も冷凍食品も、全然私は罪悪感が湧かないタイプ。かといって外食やお惣菜ばかりだとコストもかかるし、それが続くと、家で作った“おいしすぎないもの”を食べたい気持ちになる……。
それならばと、時短レシピとかずぼらレシピとかそういう料理を作ってみるんだけど、しっくりこない。私の場合は料理に求めるゴールが、手抜きでも作れることや「時短」ということではなかったんですよね。作る時間やレシピを選ぶ時間そのものに高揚感や嬉しさがあるような、趣味っぽいものであることに変わりはない。
だから、せっかく15分かけて作っても、料理の“サビ”がどこにもないと、じゃあ冷凍食品でいいじゃんという思考になってしまう。そこで、作っていて高揚感がありつつ、蓋を開けてみたら手順そのものは実は時短・簡単であった、といういいところ取りな料理があったらいいなと思って、今に至ります。
