「もっと適当でいいじゃんと言っていきたい」

――社会の流れがとても早く、すぐに答えを出さないといけないような雰囲気があると感じています。その中で曖昧さが許されなくなってきている部分もあるのかなと。

田村 もちろん、すぐに決めた方が楽になる場面もあるんです。でもそうじゃない場面ももちろんあるということを伝えたいですね。僕が「曖昧さが大事だよね」と言っているのは、曖昧じゃない部分ばかりにしようとしている人たちがいるからであって、何もなかったらことさら曖昧さが大事と言う必要もないかもしれない。だから、誰かが何かを大事と言っているときには、絶対にそれが大事なのではなくて、ある文脈の中でそれが大事になっているんだ、という風に思ったほうがいいと思います。

 でもそれができなくなってきているのは、やっぱり目に入る人の量も増えたし、コンテンツの量も増えたし、情報の量も増えたからだと思うんですよね。SNSで毎日別の話題に言及しなきゃいけないみたいな雰囲気があるけど、別に誰もそうしなきゃいけないなんて言ってないんですよ。そういうことに対しては、もっと適当でいいじゃんと言っていきたいですね。

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©佐藤亘/文藝春秋

――あらゆることがジャッジされがちな社会の中で、田村さんのように、曖昧なままでもいいんじゃないと言ってくれる人がいるのは、一旦立ち止まれるきっかけになるような気がします。

田村 人と関わることって、あまり白黒はっきりさせなくてもできるはずなんです。別に、相手のジェンダーや嗜好とか、どこに投票したのかをオープンにしなくても、たまたま「この作品が面白いと思った」という共通点があったからその話をするのって全然できるはずですよね。何か一つのことを、その人の全てを表すものにさせようとすると、こぼれるものがあると思うんです。

 人間ってそんな単純じゃないし、それぞれの生活の中には、社会的な肩書から、誰にも言わない自分だけの日記のようなものまで、いろんな側面があるじゃないですか。それを前提として、人と関わるようにできたらいいんじゃないかなとは思いますね。