「母親と赤ん坊、どちらかの命はあきらめないとうめません」医師の残酷な宣告
5日かかる、大変な難産だった。妊娠中の体調不良で、すでに体力は落ち込んでいた。陣痛が弱く、分娩がなかなか進まないので、促進剤を打った。すると、何かが押し寄せてくるような人工的な痛みに襲われた。
「もうやめて!」と叫び、もだえ苦しむ早志さんを、実母は手の皮膚が剝けて血がにじむほどにさすり続けた。だが、医師は残酷にも宣告する。
「母親と赤ん坊、どちらかの命はあきらめないとうめません」
早志さんは迷わなかった。
「子どもを助けてください」
私の命は、すでになかったようなもの。ここで命の継承を途絶えさせるわけには、いかなかったのだ。
「うんでよかった」という感動に胸が満たされた
そして、産声が響いた。「命はありますか、指はみなありますか」と矢継ぎ早に聞くと、「丸々とした、かわいらしい女の子ですよ」と返ってきた。
小さくも肉づきのいいその腕には、やわらかなふくらみがいくつも連なっていて、頭にはうっすらと髪の毛も生えていた。3200グラムを超えるわが子と対面し、「うんでよかった」という感動に胸が満たされた。
長女には心臓に異常があり、幼稚園や小学校では運動会への参加は控えさせていた。しかしその後は、心身ともに健やかに育ち、優しく、そして芯の強い女性になった。
今は3人の孫もいるが、早志さんは長女や孫たちのことを「被爆二世」や「三世」だとは、意識したことがないという。
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