「人間というのは、勝手なものですね。『健常』にうまれてくることを望み、障害のある方々を差別する心が、わたくしの中にありました。先生のお言葉で、人の命に変わりはなく、いつくしみながら育てていくことが人間としての本当の生き方だろうと気づかされたんです。同じような悩みを抱える二世や三世もいらっしゃると思います。『人間の命に上下はない』という先生の言葉が平和を築く力になれば、こんなにうれしいことはございません」
子どもをもつか否か、その選択をしようとする時に「原爆」が重くのしかかってきた
原爆に遭ったことが理由で、うむかうまざるかの決断を強いられた被爆者がいた。
もちろん、被爆者であろうとなかろうと、子どもが病気や障害がある状態でうまれてくる可能性はある。
しかし被爆者の場合は、「被爆者である」ことを理由に、子どもをもつことを踏みとどまらせる言説があった。遺伝的影響への不安が広がっていたということに加えて、自分の体調が悪く育てていく自信がなかった、という話も聞く。
子どもをもつか否かは、個人の選択だ。だが被爆者の場合は、その選択をしようとする時に「原爆」が重くのしかかってきた。
自分の命はどうなっても、うまれてくる子どもを守ろうとした人がいた。内に潜む「差別する心」に気が付き、「人間としての本当の生き方」を考える中で、子どもをもつことを決断した人がいた。
本章の冒頭で取り上げた朴南珠さんのように、子どもを授かっても天へ見送ることになったり、生きたわが子に対面できなかったりするケースもあった。そもそも子どもをもつ選択をしなかった人もいる。
被爆二世は、被爆者が生きて命をつないだ証である。
その誕生に感動を覚えつつも、それが叶わなかった、あるいはその選択をしなかった人たちのことも忘れたくない。
その人生のすべてに、原爆の影がつきまとっているのだ。
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