ほのぼのとした暮らしを描く「日常編」でも突然“不穏な回”が投稿され、そのたびにXのトレンド入りを繰り返してきた。映画版の話に戻るが、映画はそのちいかわならではの話題のつくり方がそのままぎゅっと99分に凝縮されていた。
それは人間社会の崩壊後を描いたと多くの考察で話題になった『けものフレンズ』と酷似する。ともだちが明日ふと変貌するかもしれない恐るべき世界。ビジュアルや会話、世界観すべてが「ふわふわかわいいもの」に包まれているようにみえて、それは我々の日常の残酷さをむしろ際立たせる。
総括するとサンリオ的世界観の中で「すみっコぐらし」×「美味しんぼ」×「けものフレンズ」が合体したような作品、というのが私のちいかわ解釈である。
無菌状態にしていない、ということが『ちいかわ』の魅力である。ただかわいいだけじゃ生きていけない、そこにはあざとさもあれば弱肉強食で隣人を喰うような競争もある。そこにナガノ氏は逐一起こったことを説明せず、「なんとかなっちゃった」と突き放すことで、判断も考察も我々に預ける。
このちいかわ世界はなぜ生まれたのか、ちいかわ達は何をアナロジーとして我々に伝えているのか。映画版の「今日の日はさようなら」が、視聴し終わってしばらくたっても、脳裏に深くこびりついている。澄んだハチワレの歌声が、どこか不安定でいつかは失われる凶兆を感じさせる。
劇場版はこの歌のために作られたのではないか。この歌声をファンに「植え付けた」ことで今後ちいかわ世界にハマりこむ深さは一段また深くなることだろう。
エンタメ社会学者、Re entertainment社長
1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。著書に『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』(すべて日経BP)など。
