元モルガン・スタンレー幹部で、ソフトバンクで孫正義の右腕として活躍したアロック・サーマ氏。彼がある日目撃したのは、球場で選手たちが「皇帝万歳」のごとく孫正義に敬意を払う異様な光景と、80歳になる孫の父・三憲氏の不屈の眼光だった――。そこで垣間見えたソフトバンク帝国を築いたカリスマの原点とは? アロック・サーマ氏の著書『右腕が見た孫正義「クレイジー」が世界を変える瞬間』(光文社)の一部を抜粋して紹介する。
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ロッカールーム内の一室で行われたドラマチックな儀式
福岡でのホークス対ファイターズ戦は、私が足を運んだ最初で唯一の野球の試合だった。アメリカのスポーツに関心がなかったわけではない。渡米した当初、タイツ姿の筋骨隆々の男たちがフットボールフィールドで戦略的に動きまわる華やかな白熱戦は、たまらなく魅力的だった。私はすぐに、かつてインドのクリケットチームの活躍に夢中になっていたように、ジョー・モンタナ(編集部注:NFLの伝説的クォーターバック)率いるフォーティナイナーズの勝敗に一喜一憂するようになった。昔からクリケットでも、ひと晩かぎりの賑やかなトゥエンティ20より5日間で争う伝統的なテストマッチのほうが好きだったので、野球のゆっくりした試合進行が問題だったわけではない。むしろ、野球をクリケットと同じくらい「通好み」なスポーツにしているゲームの機微や歴史を理解することに時間をかけなかったのが問題だった。残念ながらある時期から、ラインドライブやフライボールについて質問するのが恥ずかしくなってしまった。
だから福岡はそれを変えるチャンスだったのかもしれないが、その夜のことで唯一憶えているのは、球場外での出来事だった。
その夜は、ホームチームのロッカールーム内の一室で行われたドラマチックな儀式で始まった。私は孫の隣に立ち、ダッグアウトに向かうホークスの選手たちが現れるのを待っていた。彼らは一列になって入ってきた。くだけたハイタッチを交わすのではなく、選手一人ひとりが孫の前に来ると立ち止まり、孫よりずっと背の高い彼らが深々とお辞儀をした。そして「ハイ」と大きくひと声上げたあと、日本語の大きな、けれど厳かな宣言が続いた。
