息子はただ算数の成績がいいだけではない、天才にちがいない

 孫の逸話については、作り話ではないにしても、誇張じゃないかと思うこともときどきあった。だが三憲さんが語ったのは、10歳の孫がお客を呼び込むためにコーヒーを無料で出してみるよう父親に勧めたという、私たちが孫から何度も聞いていたのと同じ話だった。孫のアイデアは予想以上にうまくいった。無料のコーヒーを求めて来店したお客は、申し訳ないような気になり、正規の値段のペストリーを注文してくれた。そして、一度美味しいコーヒーを飲んだ彼らは、お金を払ってくれるお客としてまたやってくるようになった。この一件で三憲さんは、息子はただ算数の成績がいいだけではない、天才にちがいないと確信したという。彼は笑って話を締めくくると、笑顔の孫に向かって愛情を込めて誇らしげに人差し指を振ってみせた。

 バラク・オバマは「すべての男は、父親の期待に応えようと努力するか、父親の過ちを償おうとするものだ」と言う。アメリカの大統領やドイツの哲学者が口にすれば真理めいて聞こえる陳腐な格言のひとつだが、いずれにしろ、孫の場合は明らかに前者のようだった。59歳となっても、父親の承認という温かな光を浴びることは、携帯電話の契約者10億人や運用資産1兆ドルよりも孫にとって大きな意味をもっていた。そしてそんな彼を見ているうち、私は自分と父親との関係に思いをはせていた。父は自分の犯した過ちや私への期待を一度も口にしたことがなかった。父の愛情を疑ったことはないが、私たち親子はお互いの人生にここまで深く関わってはこなかった。

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 孫にとって父親からの承認と同じくらい重要なのが、自分の選んだ後継者を父親に紹介することだったようだ。私は、三憲さんがニケシュを品定めするような目でじっと見ているのに気づいた。かつてのパチンコの達人はポーカーのプレーヤーを彷彿とさせ、その鋭く黒い目は感情を一切出さずに相手のカードを読んでいた。

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 その夜、東京のホテルに戻った私は、韓国からの移住の歴史について調べてみた。旧日本軍によって性的奴隷にされた「慰安婦」のひどい話は聞いていたが、アメリカ南部のかつてのジム・クロウ法(黒人差別法)にも似た制度的人種差別については知らなかった。在日韓国人である孫三憲は、選挙権がなく、指紋押捺を義務付けられ、官民を問わず、普通に職を得ることができなかった。選択の余地はない。密造酒やスクラップ回収のような社会の外縁に生なり業わいを見つけるしか道はなかったのだ。