「これはどう訳せばいいんでしょう…」

 それはまるで剣闘士の最後の口上のように聞こえた。「皇帝万歳、われら死に臨む者たち、陛下に敬礼を捧げます!」。私は後藤さん(編集部注:ソフトバンク最高財務責任者の後藤芳光)の下で働く優秀な通訳のミドリさんに説明を頼んだ。

「これはどう訳せばいいんでしょう……」と彼女は言った。「たぶん、孫さんへの感謝と献身を示しているという感じでしょうか?」感謝と献身。

 それこそが、ソフトバンクに雇われているすべての者に求められていたものだ。

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 オーナーズスイートに入ると、孫が真っ先にしたのは、ソフトバンクホークスの洒落た黒のジャンパーを羽織ることだった。両袖に白のスポーティーな2本のラインが入り、背中にもやはり白で彼の名前が入っていた。私は冗談交じりに、自分とニケシュ(編集部注:ソフトバンク代表取締役副社長)にもその小粋なジャンパーをもらえないかと言ってみた。もらえなかった。だが数分後には、ふたりそろってそれに次ぐものを手に入れた。背中にそれぞれ「NIKESH」「ALOK」と名前の入った白いホークスのシャツと、鮮やかな黄色のつばの、黒いホークスの野球帽だ。

©文藝春秋

 タナカさんが撮ってくれた写真には、私たち3人のパートナーシップが円満だった最後の日々の一夜がとらえられていた。孫とニケシュと私がホークスのウェアを着て、カメラに背中を向けている一枚だった。

 残念ながら、私が野球ファンになることはないが、少なくともファンのように見せることはできていた。

 その夜のハイライトは、オーナーズスイートに現れたサプライズゲスト――孫の父親だった。「孫シニア」は、孫以上にヨーダに似ていた。もし杖を持っていたら、そこに顎を載せていたのではないだろうか。ヘミングウェイの『老人と海』のサンチャゴのように、彼のすべては老いていたが、目だけは別だった。黒く、キラキラとして、不屈の光が宿っていた。

 80歳になる父、三憲への孫のお辞儀は通常の作法より深く、長く、その目は謙虚に床に向けられていた。クレイジーなビジョンの話はおしまい。彼は父親からためになる話を聞いてはどうかと私たちを促した。

 満員の観客およそ4万人がグラウンドで死闘を繰り広げる剣闘士たちを見守るなか、私たちは孫老人が語る別の種類の闘いに陶然と聞き入っていた。生き生きとしたその目がくしゃっとなり、球場の向こうの「忘れられた土地」を真っすぐに見つめていた。彼は英語を話さなかった。私は孫の最も奥深くの聖域に足を踏み入れようとしているのだと気づき、ミドリさんが訳す言葉をひと言も聞き逃すまいとしていた。