2歳と0歳の子供を連れての上京だった。江里香さんは振り返る。

「人生で一番明るかった時期かもしれないです」

しかし、その直後だった。地獄が始まる。

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最初の舞台は東京・野方(中野区)。2023年。午前11時。開店祝いの大きな花輪が並び、華やかなお祝いムードでスタートした。順調な滑り出しだった。お客さんもたくさん来てくれ、行列もできていた。

ところが正午。

「ちょっとストップしてください」

一瞬何が起きたのかわからなかった。店にはお客さんがいっぱい。オーダーも受けて、ラーメンも作っている途中。なのに、全てがストップした。

理由は、「煮干しの匂いが強い」というビルオーナーからのクレームだった。突然営業停止を告げられた。

「お客さんに対し、ごめんなさい。帰ってくださいってことですよ」

翼さんは苦笑いした。

「地獄でしたね。本当に赤っ恥でした」

取材中、この日の話になると一瞬言葉が詰まる。翼さんは不意に胸に手を当てる。3年経った今でも身体が覚えているのだろう。

「11時に開けて12時には終わりました」

“無理すぎる環境”の仮店舗、「悪い報告を聞くだけ」の日々

野方が使えなくなり、それでも店を続けようとした。“ぜひ東京で”と声をかけてくれた人が「申し訳ない」と、急遽探してくれた中野の物件へ移ることになった。

しかし、再起をかけたその場所は簡単な物件ではなかった。

場所は飲み屋街。しかも立ち飲み屋の物件で、椅子もテーブルもない。どうやっても4席しか作れず、お客さんが詰めて入るような狭さだった。建物も古く、非常に暑い。エアコンは家庭用のものが1台だけだった。真夏で厨房は灼熱の暑さだった。

なんとかやりくりしたものの、「どう考えても無理でした。これ以上やると、逆に大変なことになると思いました」。

このまま無理やり続けても、来てくれたお客さんも気持ちよく過ごせない。これは一回辞めるしかない、翼さんは決意した。こうして、お店は4カ月で撤退。再び店を失った。