江里香さんは笑いながら言う。
だが当時は本気だった。家族で神田明神へ向かった。お祓いを受けた。そしておみくじを引いた。結果は大吉。
「やったー!」
と喜ぶ江里香さん。その横で翼さんは苦笑する。
「すがるものがおみくじしかなかったんです(笑)」
どん底でも、妻の明るさだけは沈まなかった。ただ励ますだけではない。なぜ自分たちから人が離れていくのか。なぜ信頼関係が崩れるのか。心理学や人間関係の本を読み漁った。
「人生って良いことも悪いこともバランスなんだよ」
そう翼さんに伝え続けた。
江里香さんは自分が働きに行こうかとも考えていた。もともと夫婦二人でお店をやるはずで、子育てで店に出られなくても支えていこうと思っていたが、店を失い、完全に追い詰められていた。
当時、事業を続けるなかで積み上がった借入額は、最大で2500万円ほどに達していた。札幌での創業資金、コロナ禍での追加融資、そしてアメリカでの負債なども含まれるという。
生活は限界だった。郵便受けに届くのは、督促状ばかり。自治体から差し押さえを受けたこともあるという。「口座の残高がなさすぎて、差し押さえられたのは4万円だったり……」と笑い話のように話すが、その様子はどこか苦々しい。幼い子供を抱え、夫婦ともに定職がない。それが現実だった。
その頃、札幌へ定期的に戻るようになった。札幌で不定期営業をすると常連客が大勢集まる。
「頑張って」
「待ってたよ」
その声に何度も救われた。
手を差し伸べた後輩たち、九段下での再出発
さらに手を差し伸べてくれた人たちもいた。「つじ田」時代の後輩たちだった。店舗の定休日を貸してくれる。間借り営業をさせてくれる。気づけば3カ所を転々としていた。
そして最後に救いの手を差し伸べてくれたのが埼玉・三郷にある「REGISTA」だった。翼さんが「助けてくれ」と頼んだわけではなかった。しかし、苦しむ姿を見ていた後輩が手を差し伸べてくれたのだ。