手すりを掴んだときに聞こえた「ある声」

 松永は深淵をのぞき続け、自問自答を繰り返した。気づけば一時間以上が過ぎ、日付が変わっていた。漆黒の闇が全身を浸し、人生に終止符を打とうと手すりを摑んだ。

 そのとき、声が聞こえた。「おとうさん死なないで」。松永はへたり込んで、頭を垂れた。――今日は帰ろう。

 階段を下りながら、朦朧とした頭に激しい虚無感が湧き上がる。再び仏間に戻り、亡骸に向き合った。死ななかったからといって、何を糧に生きていけばいいのか。気づくと、カーテンから朝の光が部屋に差し込んでいた。考えに考えた末に、こう決心した。

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――こんな思いをする被害者と、こんな思いをする遺族が出てはいけない。

 事故から一週間後、初めてまともに寝床についた。眠れたからこそ見たくない夢を見た。

 松永が帰宅すると真菜さんがいた。

――事故は夢だったんだ。

「事故は夢じゃないよ」

 そう思い、嬉しさのあまり真菜さんに抱きついた。真菜さんは驚いた表情で「どうしてここにいるの?」と言い、こう続けた。

「事故は夢じゃないよ。独りにしてしまってごめんなさい、あなたに出会えて幸せだった」「莉子は?」と松永が尋ねると、真菜さんは「莉子は『この世に顔を置いて行きたくない』と泣くので、困っている」と答えた。

亡くなった真菜さんと莉子さん(写真:時事通信社)

 松永はあまりの衝撃で声を上げながら目を覚ました。そして、七年経った今もこの夢のやりとりを一言一句覚えている。

 事故から一か月後に仕事に復帰した。まともな心情ではいられなかったが、署名活動などで気を紛らわした。遺族はいくら平静であろうとしても、日常の些細な出来事によって心を翻弄される。

 特に、死亡届や児童手当、年金などの死に伴う役所的な手続きはつらい。しかし、真菜さんが生前から銀行などの書類を整理していたことから、松永は対応に困らずに済んだ。