ただ、当事者にならないとわからない経験もある。たとえば、松永の場合、妻子の死亡時刻について訂正連絡があった。死亡時刻は当初、病院での医師による死亡診断時点だったが、現場で被害に遭った時点に変更されたのだ。
死亡時刻は戸籍関係の情報に関わるため、警視庁などが当事者に通告することはやむを得ないが、当事者にとっては、事故を想起するものとしていちいち過酷な経験となる。
逆に、警視庁が松永の心情に配慮をした対応もあった。真菜さんの死亡に伴う運転免許取り消しの通知を松永に送らないようにする措置を行った。
マブダチの支え
松永を支えたのは、結婚式でふざけた挨拶をした土屋ら五人前後の仲間たちだった。当時、土屋は事故のことが現実とは思えず、精神的衝撃が原因なのか記憶が薄い。自身が参列したのが通夜だったのか告別式だったのかも覚えていない。
松永に連絡していいのかどうか深く葛藤し、電話もLINEもできなかった。ただ、憔悴しきった松永の姿が頭から離れなかった。
とにかく何か行動しようと思い、四月下旬に花を手向けようと友達数人で現場を訪れて献花をした。その帰り道、何となく「拓也の家の前を通ってみるか」ということになった。すると、アパートの下で松永の父親とばったり会った。
何と声をかけて良いのか戸惑ったが、父親が「ちょっと寄って行ってよ」と誘った。家におずおずと入ると、顔面蒼白の松永がいた。松永は「来てくれてありがとう」と小さな声を出した。
土屋らは松永の肩を抱き寄せた。