『街場の成熟論』

 今の日本社会に一番足りないものは「成熟した大人」だという思想家にして武道家の内田樹さん。新刊『街場の成熟論』文庫版には、臨床心理士の東畑開人さんとの<成熟>をめぐる対談が新たに収録されています。

『カウンセリングとは何か』で新書大賞2026を受賞、新刊の『ミドル・エイジ・ビギンズ』も話題の東畑さん。内田さんが主宰する合気道の道場も、東畑さんのカウンセリングルームも心身の不調を抱えて扉をたたく人が後を絶ちませんが、実は、そのアプローチは正反対なのだそうです。文庫から対談の一部を公開します。

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東畑 心理療法の仕事をしていて、回復していくときには共感できる人が増えていくことをいつも感じます。先ほどの話で言えば、性悪説で見えていた人が、それほど自分に悪意があったわけではないのかな、と思えるようになる。

 重要なことは共感不可能性は局所的なものであることです。例えば離婚の問題。配偶者の不倫が発覚すると、その瞬間に相手が全人類の悪を煮詰めた理解不能な人間として現れてくる。遠い人たちにはやさしい気持ちになれても、一番近い人に一番博愛の感情を持てなくなってしまう。つまり、自分を傷つける対象は共感の範疇外になる。ですから、共感はまだら模様で、できたりできなかったりする。心に余裕ができて回復していくと、このまだら模様の共感の範囲が増えていく。

妻の不倫によって離婚。そのとき、どう相手と接したか?

内田 よく分かります、その「まだら模様」という感じ。僕も妻が不倫して離婚したという経験を持っている人間なので。そのときに、この人を悪が凝集した存在のように見るのはやめようと思ったんです。娘の母親ですから僕の領域から排除するわけにはゆかない。

 じゃあどういう関係にしようかなと考えたときに、「無関心」っていう選択をしたんです。彼女との間に強い感情資源を投入しない。好きでもないし、嫌いでもない、特段の関心を惹かない人だと思うことにした。無関心だと相手に傷つけられることもないし、こちらが傷つけることもない。必要なコミュニケーションはするけれど、感情資源は一切投入しない。そう決めました。

 後に女子大の教師になったときには女子学生たちが「先生は誰がお気に入りなのか」ということに強い関心を持っていることを知りました。先生は誰がお気に入りで、誰を疎んじているか、それを学生たちは実に精密に観察している。下手なことをすると学生たちから不信感を買う。だからと言って「全員に等しく関心を寄せる」ということはとてもできない。だから、「全員に等しく無関心」というソリューションを採択することにしました。

東畑 一神教の人ですね。等しく無関心。多神教ってどういうことかというと、お稲荷さんって人気じゃないですか。お稲荷さんって下級神なんですよ。下級神だからこそ贔屓してくれるっていうことですごく人気があるらしいんですね。これが天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)くらいになってくると無関心になってしまう(笑)。上位神は無関心なんです。