ヒグマは背後に小野田がついていることを感じ取っているのだろう。急に進路を90度変え、赤石の待ち構えている方向へ向かってきた。
「羅臼方向に向かってまっすぐいっている」
小野田の声が続く。ヒグマが向かっているのは標津から羅臼へと抜ける方向だ。
「どんどんいっている」
もう1人の勢子はライフルを持っているが、銃を持たない小野田にヒグマが向かってくる可能性も高い。それでも小野田は臆する様子もなく、ひたすらヒグマを追い詰めていく。いまヒグマが向かっている先にはカラマツ林が広がっている。
「あそこに来なきゃいいけどな」
経験の少ないハンターの前にヒグマが出ることを赤石が危惧した矢先、赤石の横50メートルほど先のクマザサが「ガサッ、ガサッ」と揺れた。
と思う間もなく、ヒグマが飛び出してきた。
ちょうど新人ハンターの真正面だ。新人は、目の前の疾走していくヒグマを呆然と目で追うのが精いっぱいで、引き金に指をかける余裕などなかった。
待ちについている誰もが狙いを定める間もなく、ヒグマは道路をひと跳びで飛び越えた。
「デカい」
50メートルほどの距離で、真横からヒグマを見る格好になった赤石が思わずつぶやいた。道路幅と同じほどの巨躯が、宙を駆けるように一瞬で反対側のカラマツ林へ消えた。300キロは優にありそうな体が、驚くほど軽やかに走り抜けていった。
「ヒグマに道路を渡られた」
経験と勘でヒグマの潜伏先を探す
赤石が仲間に連絡する。作戦変更だ。
もう一度、ヒグマの進行方向に先回りしなければならない。いま横切られた町道は赤石が最初にヒグマを見つけた町道だ。この町道と並行するように、もう1本別の町道が走っている。
ヒグマはそちらの方向へ向かっているはずだ。
そこで、先ほどと同じように布陣して迎え撃つ。間もなく、勢子の小野田が道路に姿を見せた。一度、全員が集合し、再度、待ちの配置を考え直す。
「疲れてないか」
赤石が小野田を気遣う。
「これくらいで疲れるわけないさ」と小野田。