「実現するはずがない」心のどこかで、妻の仕事を下に見ていた
――ということは、それ以前にも海外赴任の話はされていたのですね。
小西 私たち夫婦には、共に海外赴任や海外暮らしの願望がありました。私は政治部の枠がある米国ワシントンでの勤務を目指していて、それを妻に話すと「いいじゃん。決まったら私も付いていく」と。ですが、実現可能性が低くなってしまい、「難しそう」と妻に伝えたら「じゃあ私ががんばるわ」と。
とはいえ、既婚の子連れ女性で海外勤務を実現した前例はなく、どう実現すればいいのかわからない状態でした。だからこそ「がんばれ、僕のリベンジしてね」と言いつつも、心の中では「実現するはずないよな」と甘く見ていたんです。
――それが実現して、「まさか」と。
小西 「マジか」という感じでした。聞いた瞬間から、沖縄の青い海や空がグレーに見えるぐらい動揺してしまって……。応援する気持ちは全くなく、「俺の仕事はどうなるんだ」という不安で埋め尽くされました。
そもそも妻の仕事を過小評価していたところもあります。日本の中心で権力者を取材する自分の仕事のほうがすばらしいと、どこか彼女の仕事を下に見ているようなところがあり、とても喜べる心境ではありませんでした。
――そんな心境だったのに、どうして渡米を決断できたのですか?
小西 妻や子どもと離れて暮らすことも考えましたが、妻がフルタイムで働いて家事育児も自分で……というのは現実的ではないだろうと。
また、ウェブで見つけた駐夫の経験者の方に相談したところ、「悩んでいるぐらいなら行ったほうがいいですよ」とアドバイスされたんです。彼は、妻の海外赴任に同行してニューヨークで専業主夫をしていたそうなのですが、目をキラキラさせて「とにかく行ってよかった」と。彼も渡米前は長時間労働をして家事育児を遠ざけていたそうですが、現地での子育てがとても良い経験になったそうです。
――そこで考えが変わった。
小西 そうですね。最終的には「家族は一緒にいるべきだ」と。それに冷静に考えると、妻が夢を叶えてキャリアアップできるのは喜ばしいことです。当時、子どもは3歳と5歳で、異国での暮らしが大いに学びになるはず。じゃあ、私にとって何が良いかと考えると、45歳まで仕事一筋で走り続けてきたので、少しブレイクしてみるのも良いんじゃないかと。
米国の政治を見るのも悪くないし、子どもと一緒にゆっくり過ごすこともできる。「戻ってきたら、どうなるだろう」という不安はありましたが、いろいろ調べるうちに休職制度があることがわかり、それを活用しようと決めました。
