――そこからグラビアアイドルとして一気に人気が出ていきますが、すぐに適応できたのでしょうか。

酒井 まだ10代だったしおとなしい性格だったので、大人との会話ができなくて、撮影でもなかなかニコニコできませんでした。

――売れっ子になっていくなかで、生活も変わっていったのでは?

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酒井 東京にいる時間はほとんどなくあちこち飛び回ってましたね。沖縄ロケが終わって羽田に帰ってきたと思ったらすぐに海外。帰ってきて2日間だけバラエティをやって、スーツケースの荷物を詰め替えたら2週間海外へ、みたいな日々でした。

 

――自分が雑誌の表紙になったりするのはどんな気分だったのでしょう。

酒井 当時は事務所からのプレッシャーもあって感覚がズレてた部分もあると思うんですけど、コンビニに行って自分が表紙の雑誌を数えてました。4冊くらい表紙があるのが当たり前で、1冊だけの時は「ああ、終わった……」くらいに落ち込んで。今考えるとおかしいんですけど、それほど切羽詰まっていました。

「マネージャーにめちゃめちゃ怒られた」ベリーショート事件

――グラビアアイドル活動の時期で、印象に残っている出来事はありますか。

酒井 18歳の時のファースト写真集の撮影ですね。それまで髪はセミロングだったんですけど、海外ロケの前日にマネージャーにも誰にも言わず勝手にベリーショートにしちゃったんです。

 出発日の朝に空港に集合したら私が短髪になっていたのでマネージャーにめちゃめちゃ怒られました。

――確かに写真集のイメージなどもありそうです。

酒井 当時の私は、仕事が決まった後に勝手に髪を短くしちゃダメという業界のルールをそもそも知らなかったんです。

――なぜ急にベリーショートにしようと思ったんですか。

酒井 当時のグラビアアイドルって、胸が大きくて髪が長い、いかにも「女性」な人ばかりだったんです。だったら誰もやってないことをやろうと。男の子みたいな髪型にした方が埋もれないんじゃないかと思って切りました。

 

――戦略的なベリーショートだったんですね。

酒井 それが結果的に当たったんです。ファースト写真集がヒットしたのはショートカットだったからと言われていて、普通のセミロングだったらそれなりには売れてもあんなに何万部も売れることはなかったと思います。

 それが原体験になったので、「業界の常識」みたいなことに捉われない考え方を大事にするようになりました。