――どういう戦いがあったんですか?

酒井 グラドル同士の暴露とか、不思議ちゃんぶらなきゃいけないとか、ヤンキーエピソードを捏造するとか、そういうのって本人たちも本当に苦しいんですよ。仲のよかった女優志望のグラドルの子たちがどんどん辞めていった時期があって「女優になりたいけどバラエティでうまく立ち回れない」という悩みを何度も聞きました。辞めちゃう子たちは繊細だから、芝居をしたらうまい子が多かったんです。その子たちが女優のチケットをもらう前に去っていく姿を見てられませんでした。

 

――酒井さんはどうやってバラエティをスキップしたんですか?

ADVERTISEMENT

酒井 がんばってバラエティにトライしてた時期もあるんですよ。やらずにスキップしたわけではなく、やった上で自分の道を切り開かなければいけないと思ったんです。バラエティをうまくできないけど、女優になる道は諦めたくない。じゃあ私なりにやるしかないと覚悟を決めました。

「あいつだけとっとと女優になってずるい」「俳優なめんなよ」

――実際に道を切り開く過程は大変でしたか?

酒井 当時は風当たりが強かったです。

 バラエティに出てるグラドルの子からは「あいつだけとっとと女優になってずるい」と言われ、俳優の方には「俳優なめんなよ」と言われる。周りに味方がいないしんどい状況が数年間は続きました。

――そういう時、何で自分を支えていたんですか。

酒井 特に支えてくれたものはなかったですね。とにかく道を作りたいというだけ。その道を切り開かなければ私自身も芸能界に残れないことは明白だったので、四面楚歌、背水の陣という感じでした。

 

――その戦いは報われましたか?

酒井 あれから20年ほど経ちましたが、最近、グラビア出身の同世代の女優たちと共演すると、「私たちが女優っていう肩書きを持てるようになったのは、若菜ちゃんが作ってくれた道があるからだよ」って言ってもらえるんです。そのたびに「報われた」って思えます。

次の記事に続く 「あ、今なった」19歳で2つ、32歳で3つめの難病を発症…酒井若菜(45)を襲った“全身が動かない恐怖”と、周囲の「嘘つき」という勘違い

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。