1945年のクリスマス、ソダー家で起きた住宅全焼事故。2階にいた子供5人が姿を消したが、現場から遺体や骨の欠片は一切発見されず、通報も不自然につながらなかった。事故死ではなく「誘拐」を確信した両親。
なぜ子供たちは消えたのか? 一家を狙う不審な脅迫や謎の車、そして事件から22年後に届いた「謎の手紙」とは――。鉄人社の新刊『知ったら最後、夜眠れなくなる 世界の未解決ミステリー68』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目)
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何者かに誘拐されたのでは
しだいに、両親は一つの疑念を抱き始める。子供5人は焼死したのではなく、火災の混乱の最中に何者かに誘拐されたのではないか。
理由は幾つかある。火災が発生する直前、バスの運転手がソダー家の建物に向かい何者かが火の玉を撃ち込んでいる姿を見ていたこと、また火災直後に不審なフロリダナンバーの車に数人の子供たちが乗っていたとの目撃証言があった。
さらには、一家の主人、ジョージの個人的な問題も疑惑を増幅させた。彼はイタリア生まれで13歳のときにアメリカに移住、家庭を持ってからイタリア系移民が多く住んでいたウエスト・バージニア州フェイエットビルに家を構えたのだが、何事にも強い意見を口にする性格で移民コミュニティの中で敵の多い存在だった。
特に当時のイタリアの独裁者であったベニート・ムッソリーニに批判的で、コミュニティの中で口論となることもしばしば。
1945年4月28日にムッソリーニが処刑された後もいざこざは続き、同年10月にソダー家を訪ねてきた1人の生命保険販売員は、口論の後にジョージに帰るように言われたことに対して、「おまえの家は灰になり、おまえの子供も壊される。ムッソリーニへ暴言を吐いたのがいけないんだ」と吐き捨てるように口にしたそうだ。
