夫婦に届いた「1通の手紙」

 それでも夫婦はあきらめず、子供たちの写真を載せたビラを配布し、有力な情報に対して5千ドルの報奨金を提供すると公表。1952年にはビラの情報を載せた看板を家があった場所に立て、広く情報を募った。結果、様々な目撃情報が寄せられる。

写真はイメージ ©getty

 火事のおおよそ1週間後にイタリア系風の男2人と女2人が行方不明の子供たちを連れサウス・カロライナ州チャールストンのホテルに現れた、二女マーサがセントルイスの修道院にいる、テキサスにあったバーの客がかつてクリスマス・イブのウエスト・バージニアで起きた住宅火災に関わったという発言をしていた等々。

 ジョージは新しい情報が入るたび現地に出向いたが、全て空振りに終わった。

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 火災から22年後の1967年、ソダー家に不可解な手紙が届く。