オーディションに何度も応募した飯田圭織
一方、飯田は『ASAYAN』のオーディションに中学時代に2度応募している。最初は書類審査で落ち、2度目に受けた小室哲哉プロデュースの「コムロギャルソン」オーディションでは歌審査まで進んで、「小室さんの彼女にしてください」とアピールするも、スタジオでの最終審査への進出はならなかった。
飯田と安倍が出会ったのは高校に入学した1997年、『ASAYAN』で企画された「シャ乱Q女性ロックヴォーカリスト・オーディション」のオーディションの会場でだった。
2人の素朴な女の子が“運命の出会い”
二人がまず受けた札幌オーディションでは、1000人もの応募のなかから書類選考を通った数十人が歌審査に進んだ。このころ札幌に住んでいた飯田は前日、家で歌の練習を積み、母親に聴いてもらっていたもののダメ出しされるうち喧嘩になってしまった。結局その夜は、一緒にオーディションを受ける学校の友達の家に泊まり、ひと晩語り明かしたため、会場にはほとんど寝ないまま出かけた。
飯田によれば当時はギャルブームで、会場にもばっちりメイクを決めた子たちが多数というなか、彼女自身はまだ15歳で化粧したことはなく、「素朴な女の子がポツンという感じ」だったという。そこにもうひとり、自分と同じ素朴な感じの子がいた。それが安倍だった。このときのことを飯田はこう振り返っている。
《「年も同じだね。えっ、室蘭出身なの? 私も室蘭生まれ」なんていう話をしたのを覚えています。生まれた産院も同じで誕生日も2日違い。もう、初めから仲間のような親友のような感じでした》(「ヨミドクター」2021年8月27日配信)

