第1話で咲子は、「好きな人フィルターがかかっているから夫のことを正確には話せない」と言い、樹生に「そのフィルターを掃除したほうがいい」と指摘される。効果的なのは、人をありのままに見ることができない問題を咲子個人の問題にしていないところだ。

 周囲が咲子と樹生に向ける目には「可哀想な人フィルター」がかかるし、樹生は失踪した充を殴るべき敵フィルターで見ている。目詰まりすると機能が落ちる洗濯機の部品と、人間に対する偏見が同じ言葉でつながり、視聴者はすんなり理解する。

蒼井優演じる咲子 公式Xより

蒼井優は「さっちゃん」なのに、松山ケンイチは「松山ケンイチ」

 さらにこの仕掛けは、画面の外まで効いている。視聴者は「T乾」に言及するとき、蒼井の演じる咲子を「さっちゃん」と役名の愛称で呼ぶが、松山の演じる充のほうは役名ではなく「松山ケンイチ」と俳優の名前で呼ぶ。共感できる人は愛称で、許せない人のことは中の人の名前で呼ぶ。呼び方そのものが、見る側のフィルターの位置を示している。

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 当の松山自身も、ドラマの外側でもその怒りを煽っている。自身のXのアカウント名を話数ごとに変え、失踪すれば「消山ケンイチ」、1年ぶりに帰ってくれば「帰宅山ケンイチ」。他にも「ピッツァ山ケンイチ」「しばかれ山パンイチ」「ト吐露山ケンイチ」「しょぼくれ山ピンイチ」などドラマの中での充の状況とリンクした名前に変化する。しかも本人の思いつきではなく、プロデューサーなど制作チームと候補を出し合っているというから、明らかに意図的だ。

 もうひとつ上手なのは、秘密の配り方だ。「逃避と詮索」と題された第8話、今度は咲子が家を飛び出してしまい、充は狼狽して樹生ら妻を知る人々を喫茶店に集め、自分の知らない妻を教えてほしいと頼む。

 飽き性、新しもの好き、切り替えが早い、あの人は爆弾を抱えている……。出てくる咲子像は1つも重ならない。しかも集まった全員に、すでに咲子から無事を知らせる連絡が入っており、全員が「夫には黙っていてほしい」と頼まれていた。充のメッセージが未読で残る一方で、周囲の人々は「自分だけが打ち明けられた」と思っていた。誰も嘘はついていないが、全員が別のことを知っている気持ち悪い状況だ。