「じゃあ裸で寝なさい」突然変わった母の教育方針

――カメントツさんの子ども時代、ご両親はどのような教育方針だったのでしょうか。

カメントツ 母は「勉強とは記憶である」という方針だったので、小学校に入る前に九九を覚えさせようとしたり、名短歌集の上の句と下の句を暗記させようとしたりしていました。間違えるたびに「なんで覚えられないの」と言って頭を叩かれたりした記憶があります。

 母には突然方針を変える性質もあって。「パジャマは実は健康に悪い」とテレビか何かで言っているのを見ると、すぐに「じゃあ裸で寝なさい」と僕に言うんですけど、僕が裸で寝ていたら「なんで服を着ないの」と言い出したり。「ミキプルーンが身体に良い」と言ってミキプルーンばかり食べさせられたこともありました。

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――教育熱心というか、「こうしなくちゃ」と強く思う部分もあったのかもしれませんね。

カメントツ そうですね。知育玩具はたくさんあったんですけど、僕にとってはピンとくるおもちゃがなくて。それが原因の1つだったと思うんですが、すごくたくさん絵を描くようになったんです。ほしい物を描いたり、戦隊やウルトラマンの絵をいっぱい描いていて、それが今の仕事に繋がっていると思います。

 

「どんなところなんだろう」小学2年生でアメリカへ

――カメントツさんは子どもの頃、アメリカに住んでいたそうですね。それはいつからなのでしょう。

カメントツ 父の仕事の都合で、小学2年生の初めからアメリカのミシガン州に引っ越しました。小学6年生の初めに日本に帰ってきたので、あちらにいたのはちょうど4年間ですね。

 先に父が引っ越して、半年から1年くらいかけて住環境を整えてくれていたんですが、その間に、普段の勉強に加えて英語の勉強がプラスされたのですごく大変でした。

――日本を離れることになった当時、どのような心境でしたか。

カメントツ 僕は結構馬鹿だったというか、子どもらしく能天気な部分もあったので、新天地に行けることにすごくワクワクしていましたね。

 当時の『コロコロコミック』とかを読んでいると、「ミニ四駆がアメリカでも大ヒット」というようなことが書いてあって、「アメリカってどんなところなんだろう」という思いもありましたし。

撮影=杉山秀樹/文藝春秋

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