――どうして路上生活を?
カメントツ 家にも帰りたくないしお金もないので、公園でお酒を飲んでいたら、話しかけて来てくれた人がいたんです。仲良くなって「うちへおいでよ」と行ってくれたので付いて行ったら、その公園の中に家があって。
そこでダラダラ過ごすうちに、その人が「ここに住んでいいよ」と言ってくれたので、住み始めるようになりました。
貯金もまだ10万円くらいはあったので、そのお金を切り崩し、缶拾いをしたりして日銭を稼ぎながら路上生活をしていたという感じです。
「日本に生まれたからには、一度は東京に住んでみたい」漫画家を目指すようになった経緯
――その後、漫画家を目指すまでにはどのような経緯があったのでしょうか。
カメントツ 公園で一緒に暮らしていた人とケンカをして、決別してからは一度実家に帰りました。その後、某自動車会社でライン作業の仕事を始めたんです。
居心地は良かったのですが、朝から夜までのシフトと、夜から朝までのシフトの2交代制が1週間ごとに切り替わる生活にだんだん身体がキツくなってきてしまって。それで、仕事を辞めようと思ったのが27歳の時でした。
「日本に生まれたからには、一度は東京に住んでみたい」と思っていたんですけど、行くなら何か目標がないと意味がないと思ったんですね。
――それで漫画家を目指そうと思ったのですね。
カメントツ やっぱり漫画がすごく好きだったので、チャレンジしてみようと。当時のTwitterって、今みたいに画像をアップロードする機能がなくて文字だけのサービスだったんですけど、たまたま僕が上京したタイミングでGIF画像とJPEGを上げられるようになったんです。
だから「これで漫画をアップしたら面白いんじゃないか」と思って始めてみたら、その頃はそれがすごくめずらしかったおかげで、ちょっとウケたんですよね。
何かを手放してやめるということにワクワクしていた
――時代にマッチしていたのですね。当時、漫画家になることに対して不安などはありましたか。
カメントツ いや、特になかったですね。基本的に、何かを手放してやめるということに関してあまり恐怖を感じないほうで、むしろワクワクのほうが大きいんですよね。
――ご両親や友人には、漫画家を目指すことを話していたのでしょうか。
カメントツ いや、全然話してなかったですね。だから両親は、妹や弟経由で知ったみたいです。
――漫画家として生計を立てるまで、どのように生活をしていたのですか。
カメントツ 上京してから3年ほどは、漫画家志望の人同士でシェアハウスに住んでいました。30歳か31歳くらいの頃に漫画で生計が成り立つようになってきたので、それから一人暮らしをし始めました。
撮影=杉山秀樹/文藝春秋
その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。
