「人間ってすごく難しいな」子どもの頃に悩んだ“他者との関係性”
――カメントツさんは発達障害があることを公表されていますが、子どもの頃、他者との関係性に悩むようなことはありましたか。
カメントツ 例えば中学生、高校生になるくらいまで「話には流れというものがある」ということに気付いていなかったんですよ。支離滅裂な奴だったので、みんなが恋愛の話をしているのに、急に恐竜の話をしはじめるみたいな。
あと、「他人はアンコントローラブルだ」というのはずっと思っていて、今でもその気持ちは大事にしていますけど、人間ってすごく難しいなとは思っていました。
思い通りにならないのでついつい「なんでだよ」と思ってしまうこともあるんですけど、そういう時はなるべく、自分がうまく立ち回ったり動いたりしようと工夫していました。
28歳で発達障害の診断を受けて、生きやすくなったワケ
――発達障害の診断を受けたのは、いつのことだったのですか。
カメントツ 28歳の時です。ADHD(注意欠陥多動性障害)の性質が強くて、共感性がかなり低いのもそうですし、発達障害による影響だそうなんですが、子どもの頃からめちゃくちゃ疲れやすかったり、視覚的にずっと眩しいんですよね。
電車の中やデパートなど、色や音など情報がたくさんある場所が苦手だということがわかったので、最近はサングラスをかけたり、ノイズキャンセルイヤホンを付けたりして、情報をシャットダウンするような工夫をしています。
あとは感覚が過敏になる性質もありますが、鈍感になる性質もあって。例えば寒さをあまり感じないので、いつも薄着なんですね。
でも「なんか体の動きが遅いな」とか「なんかすごく疲れるし体調が悪いかも」と思いはじめて、そうしたら「実は寒いからだった」というようなことがよくあります。
共感性が低い部分については、お医者さん曰く「知能指数が低くないのでそれで(共感性を)補っていたのだろう」ということでした。忘れっぽい部分もあって、このマスクを居酒屋に忘れて帰っちゃったりしたこともあります。
――ご自身が発達障害だとわかってから、少し生きやすくなりましたか。
カメントツ そうですね。自分の性質がわかって「これ、自分の説明書じゃん」という風にすごく助かりました。
ずっと自分のことを「怠け者だ」とか「体力がなくてネガティブな人間」だと思っていたんですけど、投薬やいろいろな工夫のおかげで随分とアグレッシブに動けるようになったんです。
僕はそういう風に助かったので、同じような特性を持っている人たちも、どうにか自分が生きやすいと思える環境にたどり着いてほしいなと思います。
