このころ私は、別の取材にも忙殺されていた。平成から令和の代替わりの行事に関する情報を事前に摑む仕事だ。

 放送翌日の11月10日午後3時、天皇の即位を祝う「祝賀御列の儀」が行われた。天皇と皇后がオープンカーに乗り、千代田区の皇居から港区の赤坂御所までの約4.6キロを移動した。沿道には約11万9000人が集まり、興奮して涙する人もいた。

 飯塚はこの日の日記に〈TV 祝賀パレード〉とのみ記したが、実は自身も皇室行事に2回招待されたことがあった。一つ目は昭和天皇の崩御にあたり、1989年2月に新宿御苑で行われた「大喪の礼」。国内外の要人約9800人が参列し、飯塚はこのとき工技院の院長だった。

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 もう一つは退職後の2016年に赤坂御所で行なわれ、各界の功労者1800人以上が出席した「春の園遊会」だ。

交通事故としては異例だった「4600人の捜査」

 令和の祝賀御列の儀のパレードの2日後の11月12日、警視庁は飯塚を自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)の疑いで、東京地検に書類送検した。

 警視庁の捜査員は発生直後からほぼ休みなく稼働した。事故の捜査と重なった代替わりの行事に関する警備は、最大時には約2万6000人の警察官が動員されたため、勤務のシフトを新たに編成する必要に迫られた。

 そして、交通事故としては異例となる、のべ約4600人の警察官が捜査にあたった。警視庁が作成した資料は膨大な枚数に及んだ。年内の送検を目指し、あらゆる角度から検証しようと試みた。回収した防犯カメラなどの映像記録は26点、実況見分に立ち会った目撃者らは25人、飯塚への事情聴取は21回にのぼった。

 目撃者4人による「飯塚の車のブレーキランプが点灯していなかった」という証言については、飯塚の同型車を用意して当時の位置関係を何度も再現した。また、以前発生したプリウスのリコールは今回の事故と無関係であるという調査も行った。