――両親の離婚はいつだったのですか?
碓氷 私が中学生の頃でした。父は浪費癖があり、隠れて借金までしていたそうです。それが発覚してからは家庭内別居に突入して、夕飯も父だけ別のテーブルになり、帰宅すると夫婦喧嘩が聞こえるのも日常茶飯事でした。
――息苦しい環境ですね。
碓氷 でも、当時はそこまで異常だと感じられませんでした。というのも、母が事あるごとに「あの人(父)のこういうところが嫌だよね」と誘導をかけてくるようになり、「そうだね」と答えなければ機嫌を損ねるので、適当に合わせていたら、だんだん私も父に嫌悪感を抱くようになっていました。
離婚した後も、母はキレると「あの人のところに行きなさい!」と言い出すのがお決まりのパターンでしたが、母親と暮らす家庭環境が最悪であることを自覚しつつも「それでも父のところだけは絶対にない」と思っていましたからね。
――もともと母親は教育熱心だったのでしょうか?
碓氷 いいえ、母がテレビに影響されて、当時流行っていた『東大脳ドリル』という本を買ってきたのが始まりでした。
母はテレビに影響されやすい人で、流行りのドリルや自己啓発本なんかは必ず集めていました。私も小さいころから勉強は嫌いではなかったのでドリルも楽しく解けましたし、タイトルに影響を受けて「東大行きたい!」なんて言ってたみたいです。大学なんて、東大以外知らなかったんですけどね。
――無邪気な発言だったんですね。
碓氷 ただその影響もあってか、10歳くらいのときに母に東大の五月祭(文化祭)に連れていかれたこともありました。そのころは都内に住んでいて、気軽に遊びに行けたんです。思えばこの頃から、母は私を東大生に仕立て上げたかったのかもしれません。
「母が勉強をみてくれるんですけど、明らかにおかしいんです」
――そこから、東大を目指す生活が始まった?
碓氷 本格的に目指すのはもう少し後ですけど、中学受験用の難しい参考書をずっと解かされていました。この頃は東京の私立校を受けるつもりだったんです。
――教育熱が上がってきたんですね。
碓氷 母が勉強をみてくれるんですけど、問題集のマル付けが明らかにおかしいんです。解説に載っている回答例と一言一句合っていないとバツになる鬼畜仕様で、どう考えてもあってる答えを書いても、マルがつかないことがほとんどでした。