――母親はどんな様子でしたか?

碓氷 顔は無表情のままで、すべてを諦めたような気配で私とは目線も合わせませんでした。私の部屋はとことん荒らされていたのですが、運び出すものと処分するものが区別されていました。アルバムは、全部捨てられていました。

――ついに母親の呪縛を断ち切ったんですね。

ADVERTISEMENT

碓氷 不思議なもので、無関係になってから逆に母の笑顔を見かけるようになりました。家を出てしばらくしてから公正証書を作るために会う時にも「最近はいかがですか?」とニコニコしながら接してくる。親戚の子どもに接するような、適当に愛想を振りまく感じでした。

――完全に「他人」になったのですね。1人暮らしはスムーズに開始できたのですか?

碓氷 それが、もう1つだけ置き土産がありました。私の家は母子家庭で収入も少なかったので、東大入学後はずっと学費免除の対象になっていました。ただ、免除手続きは毎年更新する必要があり、その手続きには親のサインが必要でした。ですが、公正証書を立てて以降はその連絡も全く無視されるようになってしまったんです。おかげで免除書類が申請できず、休学して自力でお金を稼ぐ必要が出てきました。

――絶縁したとはいえ、ひどい話ですね。

碓氷 ある程度覚悟はしていましたが、お金だけはどうにもなりませんでした。家庭教師などバイトのシフトを詰め込みまくってどうにか学費を払っていたんですが、ついに間に合わなくなってNPOに学費の相談をしてみました。そうしたら「独立生計を立てていると証明すればいいので、住民票閲覧制限をやってみれば、あなただけで学費免除申請ができるようになるかもしれない」とアドバイスをされたんです。半信半疑でしたがやってみたら学費免除が通り、知識の大事さを痛感しました。

「どんなにつらいことがあっても、あの家に居続けるよりはずっと幸せです」

――長年拘束されていた母親から解放されても、まだ苦労は続いているんですね。

碓氷 どんなにつらいことがあっても、あの家に居続けるよりはずっと幸せです。何があっても、何をしていても、これ以上感じたことがないほどの幸福に包まれています。

 いまは、あらゆるものを自分で選んでもいいんです。何に時間を使うか、何にお金を払うか、誰と付き合って、何を食べて、いつ寝ていつ起きるか。全部の決定権が自分にあります。

 自分が本当に好きなものに気付けました。好きなものを好きだと言っても怒られない環境にもやっと慣れてきました。どれも、母から逃げたからこそ手に入ったものでした。

最初から記事を読む 《母親と絶縁した東大女子》小学生の娘を土下座させ「お前からは謝罪の気持ちが読み取れない」と責め続け…東大女子が振り返る“教育虐待”の始まり

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。