あの時点で「何も決まっていなかった」のでは

 つまり、あの時点では、それくらい「大泉洋リサイタル」の中身は何も決まってなくて、スケジュールばかりが迫っていた。

 それなのに世間の大騒ぎとは裏腹に大泉洋さんのハートには、あの時点になっても、まだ、オノレを鼓舞するほどのパッションは降臨してなかった、のかもしれない。「誰か私のハートに火をつけてくれ」と、大物俳優の内面では密かな焦りと不安がトグロを巻き始めていたのかもしれない。

 いや、だからこそ大泉洋は、自分自身が不安になるほど波立たないオノレの心の水面に向けて、もうこうなったら『水曜どうでしょう』に「丸投げ」するしかない、と重たい腰を上げたのかもしれない。

ADVERTISEMENT

 それは信頼できる他人に「丸投げ」することでそいつを巻き添えにして、そいつから本番で課題を出してもらって、その課題に本番ですべてを賭けようという背水の陣を敷く、そのための丸投げだったのかもしれない。

 まぁそんな、ただならぬ緊張を強いる発注を受けて、「いったい藤やんは、ここからどんなものを撮るつもりなのだろう」と、私は大泉洋と別れた帰りの電車の中で他人事のように腕組みをして思案投げ首だったのです。

 すると、蒲田あたりで電車から降りたとき、藤村くんがスッと寄ってきて「とりあえず、スタイリストの小松さんに衣装を何着かLINEで発注しときました」と私にポソッと言ったのです。

 それを聞いた私は心の中で、「あ、結局この人もスタイリストに丸投げしたんだ」と了解したのです。丸投げにつぐ丸投げです。

自分を手放せる人と手放せない人

 その日から2週間後。我々はとうとう撮影当日を迎えました。夜、撮影場所である札幌のライブハウスが空くのを待って、若干の小道具運搬もあったのでHTBの若手ディレクターを3人ばかり伴って、我々は現場へ向かいました。

 私はスタイリスト小松さんの車に乗せてもらい、若手3人と藤村監督と小道具を乗せて我々の前を走るHTBの車を追いかけつつ、道々、小松さんと四方山話をしていたのですが、その流れの中で、「若手がさぁ」と、小松さんが不意に私に言うのです。