レイテ島の密林で地獄を彷徨う日本兵を描いた映画『野火』。塚本晋也監督はその製作で様々な資料、書籍に当たった。中でも〈何よりも恐ろしいノンフィクション〉と感じたのはアレン・ネルソン著『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』だったという。
記されていたのは、米国の海兵隊員としてベトナムに派遣された著者の、戦場での日々と帰還後に苦しみ続けた戦争後遺症。本作はこの本を原作にしている。
「これまで製作した作品は自分の考えを入れたり原作を借りながら新しいスタイルにしたり、僕の頭の中を探求しながら作品にしていくことが多かったと思います。でも今回はアレンさんの本にある事実は崩さず踏み間違えないことを意識して、書かれてあることはどうしたら伝えられるか、そればかり考えていました」
原作と同名のタイトルは著者が運命的な質問だったと振り返る、ある少女から尋ねられた言葉だ。
ネルソン氏は約13カ月、ベトナム戦争の前線で戦った。老若男女を選ばない殺戮と仲間の無慈悲な死。非道の世界は、除隊後、平穏に漂う音や臭いにも鋭く反応する身体に変え、彼を23歳でホームレスにした。
ある日、偶然再会した昔馴染から、自分が教える小学校でベトナムの体験を話してほしいと求められる。迷いながらも引き受け教室で語ったネルソン氏に、少女が投げかけた「あなたは人を殺しましたか?」の問いは氏を強く揺さぶった。自分には語るべき責務がある――。そうして始めた戦争を語る講演活動は日本にも及び、1200回を数えた。
「当初の脚本では講演で平和活動をするアレンさんも描くつもりでした。しかし伝えるべきは、ひたすら悩み苦しみを抱え、PTSDと向き合う個人の葛藤で、観ている人にもアレンさんと同じように肌で感じてもらいたいと考えました」
私たちが目の当たりにするのは、心が削られ、壊れるほど消耗し、いつ癒えるとも知れぬ傷を負う戦場だ。
《ベトナムはなおわたしを追いかけつづけ、解放してはくれなかったのです。/悪夢は続いていましたし、日がくれるとわたしは異様なほどに神経質になりました》(原作より)
夜陰に紛れベトコンが動きだす――死地で研がれた神経は、のちに手に入れた最愛の妻と子との暮らしでも、医師が出す多量の薬でも鎮めることはできなかった。その彼を支えることになるのが、退役軍人病院のニール・ダニエルズ医師である。オスカー俳優のジェフリー・ラッシュが、古木のように静かに佇む。
「はじめ、ダニエルズ医師に関する資料がまったくなかったため、若く頼りない人物にする案もありました。ところがあるPTSDカウンセリングの先生が、彼についての資料をお持ちだったのです。それと、石川県にアレンさんが“日本のダニエルズ”と慕ったお寺の住職がいました。人の話をじっと聴く姿勢は、心に傷を負う患者の話に口を挟まず耳を傾け、向き合う人物像の参考になりました」
2009年に亡くなったネルソン氏。その若き日をマーク・マーフィー、壮年期はロドニー・ヒックスが演じる。本作で彼を甦らせる、それが監督の思いだ。
なぜ戦争を語り続けるのか。容赦ない暴力とストレスの地に放り込まれた男が身をもって教えてくれる。
つかもとしんや/1960年、東京都生まれ。87年『電柱小僧の冒険』でPFFグランプリ受賞。89年、劇場映画デビュー作『鉄男』でローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞。監督作は『野火』(14)、『斬、』(18)、『ほかげ』(23)など。俳優としても活躍している。
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『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
9月11日よりkino cinéma新宿ほか公開
https://nelsonsan.jp/




