昭和27年10月6日、苫小牧市坊主山(現・山手町北部の丘陵地)山中で、約3カ月前に失踪した57歳男性の白骨死体が発見された。
同年12月29日、上記現場から13キロ東苫小牧市勇払の草むらで、38歳主婦の白骨死体が発見された。
翌年の昭和28年9月19日、苫小牧市アツベナイ山中で木材店帳場の広瀬がヒグマに襲われるも間一髪で逃げ切った(前掲事件)。
同年11月6日、苫小牧市通称字六マイル(現高丘)の山中で男性の白骨死体が発見された。現場は広瀬が襲われた「アツベナイ山中」から、わずか1.5キロ、死亡時期を逆算すると、広瀬が襲われた9月頃に重なる。
同年9月20日、千歳市山中で高坂老人が食害された(前掲事件)。
翌年の昭和29年6月20日、豊平町定山渓の松林で、死後約半年が経過した男性の白骨死体が発見され、さらに11月1日にも、豊平町簾舞西区の国道脇笹藪で、25歳ぐらいの男性の変死体が発見された。
そして同年10月6日、定山渓で造林作業員の赤松が樹木から引きずり降ろされ、内臓を喰い荒らされて死亡した。前記二つの変死体発見現場は、赤松が襲われた百松沢から、それぞれ3、4キロ程度の距離である。
このように、一連の人喰い熊事件を追っていくと、必ず変死体発見現場に行き着くのである。
札幌近郊で多数の変死体が発見されていることは、次の記事が示す通りである。
昨年道内各地で発見された変死体は道警の方面別にみると札幌千三百、旭川五百、函館四百、釧路三百、北見二百、合わせてザッと二千七百件に上っており、このうち三月から五月にかけてが四分の一近くを占めている。半年間も雪に埋もれていた変死体が雪どけとともにドッと出てくる(「北海道新聞」昭和35年4月17日)
「稀代の人喰い熊」に変貌したワケ
札幌近郊だけで発見される1300体の4分の1、つまり325体もの変死体が、春の雪どけとともに地表に露出する。いうまでもなく、この時期はヒグマの冬眠明けの時期と重なる。