兵庫県出身、医者になるため勉強に励んだ

 北川はもともと芸能界にほとんど憧れはなかった。兵庫県に生まれ育った彼女は、幼いころ、小児ぜんそくを患っていたため、病院で医者に診てもらううち、自分も人の役に立てる人間になりたいと思うようになったという。その思いは、小学2年生だった1995年に阪神・淡路大震災を経験し、全国からやって来たボランティアの人たちに支援を受けたことでさらに固まった。

 中学・高校時代には医者になるため理数系を選択、勉強に打ち込んだが、高校2年ぐらいから成績が伸びなくなり、「こんなに頑張ってもダメってことは向いてないのかも……」と思い悩んだ(『anan』2008年11月12日号)。モデルとしてスカウトされたのはそんなときだった。

「これは神のお導きだ!」

 それまでにも何度かスカウトされたことはあったが、全然興味がなくて、やりすごしていた。それがこのときは、「これは、医者になれないかもしれないと悩んでる私に対する神のお導きだ!」と、プロテスタント系の学校に通っていた彼女は思ってしまったのだという。

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 また、震災のときにSMAPやZARDがテレビなどを通じて歌を届けてくれて勇気をもらったことも思い出し、人の役に立ちたいという思いは何も医者でなくても昇華できると、スカウトされたときにストンと納得したとも語っている(写真集『27 KEIKO KITAGAWA』SDP、2013年)。

『セブンティーン』時代の反発心

 こうして芸能事務所・スターダストプロモーションに入り、俳優として前出のドラマ『セーラームーン』、モデルとして集英社のティーン誌『セブンティーン』のオーディションを受け、いずれも合格して活動を開始する。

「Seventeen」モデル時代の北川景子

 だが、『セブンティーン』の初めての撮影で、いざカメラの前に立つとうまく笑えず、「モデルってこんなに難しいの!?」とショックを受ける。その後も現場ではしょっちゅう叱られてばかりで、反抗期の終わりがけだったこともあり、「そんなに怒るなら、上手い人を選べばいいじゃん!」と反発心も抱いた。それでも当時の同誌の編集長から「親元離れて預かっているんだから、私が言わないで誰が言うの!」と言われたときには、すごく愛を感じたという。