そうやって叱られながらも、毎日のように撮影をするうち、だんだん写真に撮られることに慣れていき、自分に向いているかなと思うこともあった。しかし、背が高いわけでもない自分が、20歳を超えてハイブランドを着こなせるかと考えると、やっぱり恵まれた体格の人しか進めない道だなとも感じていた。
一方で『セーラームーン』の撮影では、モデルの現場とは違って服のしわも気にせずに泥んこになって戦ったり、泣いたりしていた。そのなかで、全身で表現することは上手くできているわけではないけれど、自分の好みに合っていると思い始める。撮影していた14ヵ月のうちに役と一緒に成長したという手応えも感じた。
『セブンティーン』のモデルは2006年に卒業する。その際、分野を広げすぎて中途半端になるくらいなら、自分が下手なほうを突き詰めようと思い、映像の道に進もうと決めた。
オーディションに「100本くらいは落ちた」
しかし、映像の仕事は『セーラームーン』が終わってからなかなか決まらなかった。オーディションにも、本人いわく《100本くらいは落ちたと思いますね》(前掲、『27 KEIKO KITAGAWA』)。
デビュー後には明治大学に入学している。人間形成やその後の俳優の仕事のためにもなると思ったからだが、あまりに仕事が決まらないので、だんだん逃げ道にしていた部分もあったのではないかと、のちに省みている。
そんな時期、映画『間宮兄弟』(2006年)のオーディションを受けた。その日はオーディションのあと、大学で体育の授業に出るつもりだったが、時間が延びて結局出席できず、体育の単位を落とすことが確定してしまう。おかげで、オーディションに臨んだときの北川の機嫌は最悪だった。
監督に「僕が誰だかわかりますか?」と訊かれ…
面接で「僕が誰だかわかりますか?」と訊かれ、思わず「わからないので自己紹介してください」と答えると、「監督の森田(芳光)です」という言葉が返ってきたので、「これで落ちた! もう二度と監督と会うこともない」と確信する。しかし、森田監督はけっして怒らず、終始にこやかだったという(『キネマ旬報』臨時増刊2012年5月11日号「映画作家 森田芳光の世界」)。
結果的に北川の悪い予感は外れ、オーディションに合格、主人公の間宮兄弟(佐々木蔵之介・塚地武雅)の自宅パーティーに招かれる本間姉妹のうち妹の夕美役に起用された。ちなみに姉の直美役は、彼女と同い年の沢尻エリカだった。

