片づけをしていた衣装さんたちはまた仕事になり、大急ぎで支度をする。小川さんはやれ「半襟の色が気に入らない」「この打掛は淀君らしくない」とOKを出さない。「まだでしょうか。皆さんお待ちです!」とADさんが何度も楽屋にやってくる。
「急いでるってよ」
小川さんが衣装部の方たちに言うやいなや、半襟を付け替える針の動きが三倍速みたいな早さになった。しかし結局タイムオーバー、撮影は明日の撮り直しに。演出家の大きな舌打ちが楽屋に響いたとき、小川さんは声を出さずニヤッと笑った。
なぜ、なぜだ。わざと嫌われるようなことをどうして嬉々としてやるのか――疑問だった。今も私にはその理由が分からない。彼女の思う「大女優」とはそういうものだったのか?
「当たり前の女に、普通の女優に、なんの価値があるっていうのよ!」
誰かと局内ですれ違うたび、あの人にも、この人にも小川さんは失礼なことをしたな……という記憶がよみがえってくる。日を追うごとに胃が痛くなって、食欲を失った。小川さんといることが、つらい。冗談を言われても笑えない。目を合わせたくない。そしてある日、小川さんは私をつかまえて破裂したかのように語り出した。
「分かってるわよ、あなたの思っていること。あたしはねえ、常識的にやろうと思ったらできるのよ。向こうの言うことに普通に応じようと思ったらそりゃできるわよ。そのほうがよっぽどラクじゃない、嫌われないじゃない。だけどねえ、そんな当たり前の女に、普通の女優に、なんの価値があるっていうのよ! つまらないじゃない、そんな女優! そんなのが女優で何が面白いっていうのよ、ええッ、あっちゃん!」
もう数十年経っているのに、言葉を細かく覚えている自分に驚く。どういう意味だろう……と幾度も考えたから、海馬に深く刻まれたのだろうか。役者に良識なんて必要ない。元々は河原者、アナーキーな存在なのよ、常識的でいるほうがよっぽど罪深いわ、的なことを言いたかったのか。非常識で失礼なことが「面白い」女優なのだろうか。
現代なら「役者だろうが、最低限の常識は守ってください」という意見が圧倒的だろうが、当時はまだ小川さん的な考え方と行動を「仕方ない」とする人も芸能界にはいたと思う。非常識でも、態度が悪くても、結果と数字を出してくれれば我慢しましょう、といったような。
現場で大女優ぶって、疎まれて、嫌われて。そんな空気が膨らみまくったところで名演を見せ、一気に感嘆させることを快感とするようなフシが小川さんにはあった。
