最終稽古日の修羅場

 とある芝居公演のときのこと。大河ドラマの撮影の合間に稽古があったのだけれど、芸術監督が来ないときの打ち合わせや稽古は平気ですっぽかす。「いいのよ、きょうみたいなときは……」なんて笑いながら、ひっきりなしにかかってくる携帯への電話は一切無視、平然とお昼ごはんなんか食べている。

「いいんですか、出なくて」

「いいから、いいから。このちらし寿司おいしいわね、あなたも食べなさいよ。あ、お茶淹れてよォ」

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 こんな状況でよくのどを通るなあ……と妙に感心もしてしまう。そして修羅場は最終稽古の日にやってきた。

 カツラの搬入が交通事情で遅れたという理由で機嫌を損ねた小川さんはディレクターふたりを呼び出し、これでもかと当たり散らした。

「段取りが一度崩れるとね、気持ちの創りようがないのよっ、本番前で緊張して弱っている女優を困らせるなんてどうかしてるんじゃないの、ええっ!」

 サディスティックに負の感情をぶつけ、怨嗟という文字が踊っているようにも見えた。憤怒の表情には『鬼畜』の菊代が、『八つ墓村』の豹変後の美也子が重なる。確かにこの人の内部から表出したキャラクターだったのだな……なんて思いながら私は部屋の隅で息を殺していた。ディレクターたちが気の毒でならない。ふたりのせいではないのに……。こんなことをしても恨みを買うだけで、若き制作者に嫌われては小川さんだって将来的に一文の得にもならないだろう。

周囲の度肝を抜く圧巻の演技

 翌日、古代の神を演じた小川真由美の演技は圧巻だった。稽古中は一切見せなかった本域の芝居を披露して周囲の度肝を抜き、共演者たちの芝居もひとつテンションの高いものとなって客は喝采、裏方たちは感動に湧いた。

 先のディレクターふたりも拍手していたのが忘れられない。適当に稽古に参加していたように思わせておきながら、舞台機構をきちんと把握して、どこからどう動けば効果的か、計算していた演技だった。参加者の誰よりもすごい「声」を出し、その「声」は周囲の人間の心をわしづかみにした。

 山鳴りのような、地響きのような声。誰も聞いたことのない神の声とは、こういうものかもと納得させるような。あぜんとする他なかった。これか。こういう結果を出せるからこそ、傍若無人極まりない人間性でもキャリアが続いてきたのか……。