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18歳で考えられるようになった「母の気持ち」
結海さんは「もう静岡には戻らない」と覚悟を決めて東京に出た。補導と背中合わせのなか、わずかな貯金を切り崩してネットカフェで暮らした。そうして保証人なしでも家が借りられる歳までやり過ごした。
18歳になった。仕事を見つけた結海さんは、晴れて自立を手に入れた。結海さんは自分の人生を振り返り、このころから日記に記されていた「産まなきゃよかった」という紘子さんの言葉とようやく向き合えるようになったと言う。長きを経て、なお残るその言葉は、何かを言わんとして、まっすぐに結海さんの胸を打つ。結海さんが続ける。
「母の気持ちをちゃんと考えてみようと思ったのは、私が18になってからです」
紘子さんは結海さんを18歳で産んだ。だから、18歳になった結海さんは、自分と当時の紘子さんを重ねたのだ。
そして、思う。18歳にして母親になることがいかに重いものかを。
「いま子どもができたとしたら、自分には育てられないかな、って。だから、母は母なりに葛藤しながらの子育てだったんだな、って。中学ぐらいまでは、じゃあ産まなきゃよかったのに、と思っていました。でもいまになれば、おろすのも怖かったんだろうな、って」
紘子さんは、桑田に殺されてさえいなければ今年40の歳だ。
「生きていれば、一緒に買い物したりしてたのかな」